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2007年8月

北欧の旅(2007.8)

酷暑の日本を脱出して北欧4カ国を巡ってきました。ヘルシンキ、オスロ、コペンハーゲン、ストックホルム等の都会は27℃位だったが、フイヨルド地区は天候が悪かったこともあり13℃でセータやフリースを着込んでいました。流石にシャケやタラ、甘エビ等海産物は新鮮で美味かったがニシンの酢漬け、ザリガニ、トナカイの肉は頂けない。物価の高いのに驚いた。大体日本の2~3倍の感覚だが特にノルウエイでは高く感じた。最低時給が2500円として50%位社会保険、税金などで取られるのでノルウエイで働きスエーデンで生活する人が多いとか?教育費、医療費、老人介護など無償なので貧しい人には良いが高給取りは不満なようだ。高負担、高福祉の在り方を考えさせられた

デンマーク

1,クロンボー城

File0002_2 コペンハーゲンのあるシェラン島の北部にはデンマーク王家縁の古城が点在しており、海を隔ててスエーデン国境に接する。15世紀、船の通航税徴収のため建設された城で2000年にユネスコ世界遺産に登録されて居り、シェイクスピアの戯曲”ハムレット”の舞台になった。

2、フレデリクスボー城

File0003_2 白鳥の泳ぐ湖のほとりに佇むレンガ造りの北欧ルネサンス様式の水上城郭で湖を取り囲むように木々がこんもり茂る。柔らかい日差しのもと、脇に美しい庭園を従え、湖にその姿を写す。現在はデンマークの歴史を語る数々の装飾品や宝物を展示する博物館である。

3、ニユーハウン

File0001_2 運河に沿ってカラフルな木造家屋が並ぶエリアで、コペンハーゲンを象徴する景観として名高い街で、かって長い航海を終えた船乗りが羽を伸ばす居酒屋街として賑わいを見せていた。、現在はレストラン街として外にテラス席が出てビール客で賑わっていたアンデルセンが愛した街として知られ、実際この界隈に3回居を構えた。その内の2軒は現在も残っており、壁に彼の名前と来歴を刻んだ石板が埋め込まれていた。

ノールウエイ

1、ヴイーゲラン公園

File0005_2 オスロ市街から少し離れているが650体の人の像が刻まれた大彫刻群の公園で、彫刻の数は193体、刻まれた人間の数は人造湖脇の胎児から噴水のある骸骨まで650体以上で、公園のシンボルのモノリッテンは高さ17mの花崗岩の塔に老若男女121体の人間が刻まれていた。作者グスタ・ヴイーゲランは作品の解説を一切拒み、見る人が自由に感じてくれたら良い言うが難解だった。

2、ゲイランゲルフイヨルド、ゾグネフイヨルド

File0004_2 FJORDとはノルウエー語で”内陸部へ深く入り込んだ湾”と言う意味で、氷河による侵食で作られたU字、V字型の谷(氷食谷)に海水が侵入して 形成された入り江のことで峡湾とも呼ばれる。両岸を急な谷壁に挟まれ、細長く直線的に伸びることが多い。

File0006_2 フイヨルドは氷河の産物で、氷河に覆われていた約100万年前の北欧は厚さ1000mを超える。氷河は動きながらその重みで河底を削り、ナイフで切り取ったような深い谷を作り上げてきた。氷河期が終わると掘り下げられた部分に海水が入り込み現在のような形になった。外海近くでは1000mを超える深い底を持つものもあるようだ。

フイヨルドはノルウエイを始めグリーンランド、アラスカ南部、アイスランド、チリー、ニュージランドなどに典型例が見られる。

File0007_2 ノルウエイのイのフイヨルドは首都オスロから日帰りが出来る所など無数にあるが代表的なのがゲイランゲルフイヨルド、ゾグネフイヨルド、ハダンゲルフイヨルド、リーセフイヨルドの4大フイヨルドだが今回は前記2フイヨルドをバス、豪華船、フロム鉄道で廻った。もちろん船内では飲み 物はフリーでカジノ、プール、スポーツジム、ダンスホール、デューテイ・フリー        ショップFile0008_2等を完備した豪華な設備だったが結局仲間と痛飲し、カジノへも行けなかった。

3、ブリッゲン(ベルゲン)

File0009_2 12~13世紀にはノルウエイの首都だった。14~15世紀にはハンザ同盟の事務所が置かれ、名産干しタラの輸出で急速に発展し17世紀ハンザ同盟終結までの400年間隆盛を誇った。ベルゲンの中心地で港に面して壁のように木造家屋が並ぶ。中世にタイムスリップしたような建物で世界遺産に登録されている貴重なもの。可也古い建物だが密集しているため幾度も火災で焼け、そのたびに同じように復元修復されてきた。オリジナルは13~16世紀に建てられたドイツのハンザ商人の家や事務所に使われていた。奥へ入ると彼方此方鉄材等で補強されており、地震国、日本では先ずもたないだろうし許可もされないだろう。

File0011_2 奥行きのある家屋は、家の隙間を入っていくと迷路のようになっており、隠れたショップや工房などが並んでおり飽きることがない。

丁度この前に魚市場があり、魚の他に花や果物、野菜、土産物屋などが並び、旅行者にはサーモンやサンドイッチが喜ばれていた。

スエーデン

1、ドロットニングホルム宮殿

File0010_2 1570年頃ストックホルム郊外のメーラレン湖のローブエン島に夏の宮殿として完成。1661年焼失後フランスからベルサイユ宮殿の作庭家を呼び寄せ”北欧のベルサイユ宮殿”と呼ばれるバロック様式の宮殿を完成した。1981年からスエーデン王室の居城となっておりユネスコ世界遺産で、昔の侭の宮廷劇場と宮殿の一部が公開されていた。

2、王宮

File0012_2 旧市街(ガムラスタン)の北側に建つ3階建ての建物で60年近くかけて1754年に完成した。イタリア・バロック、フランス・ロココ様式の建築で、代々王室の居城として使われてきたが現王室が子供の成長の為にはドロットニングホルム宮殿が良いとして移った為、現在は迎賓館として使用されている。

3、市庁舎

File0015 メーラレン湖畔に建つナショナル・ロマン様式、北欧中世風のデザインでヴエニス宮殿の影響も受け宮殿か古城を思わせる。106mの塔、赤煉瓦の質感、ゴシック風の窓、ビザンチンスタイルの輝かしい金色の飾りなどが見事に調和した建物だ。毎年12月10日に開かれるノーベル賞授賞祝賀晩餐会の場でもあり、黄金の間は1900万枚の金箔をモザイクで飾った壁面は豪華絢爛でノーベル賞授賞パーテイの舞踏会用広場として使われるそうだ。

4、ノーベル博物館

File0013 ノーベル賞が設けられて2001年で100周年を迎えたのを記念して作られた博物館で、ノーベル賞の歴史や歴代受賞者を写真やビデオで詳しく紹介しており、館内のカフエでは晩餐会で出されるのと同じデザートであるアイスクリームが食べられる。そのカフエの椅子の裏板に受賞者のサインがされており、田中耕一さん、小柴昌俊さんのサインを見つけたが鏡に映ったものを撮った為、逆になってしまった。

フインランド

1、トウルク大聖堂

File0014 トウルクはフインランド第3の都市でフインランドの西の外れにある。中世の初期、スエーデンがフインランドへ進出し始めると、この地に城や教会を建てフインランド支配の基地とした街で、古き懐かしきスエーデンを感じさせてくれる所だ。アウラ川の南岸にある美しい大聖堂で1300年に建てられ、フインランドで最も由緒ある教会とされている。

2、シベリウス公園

File0016 フインランドの代表的作曲家でハメーンリンナ生まれのシャン・シベリウス(1865年~1957年)を記念して1967年にエイラ・ヒルトウネンが製作した。ステンレス・パイプのモニュメントとシベリウスの肖像のオブジェが公園の真ん中にある。フインランド人には人気の場所だそうな・・・。

3、ヘルシンキ大聖堂

File0001 石畳の元老院広場を見下ろすように聳える大聖堂はカルル・エンゲル設計によるものでルーテル派本山となる教会で1852年に30年の歳月を費やして完成した。当時ドームは中央に一つだけだったがエンゲルの死後、小さなドームが四隅に据え付けられた。元老院広場に面した大階段も後に作られた。緑のドームと白い外壁のコントラストが美しいヘルシンキのシンボル。

    

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