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2007年9月

上海方面の旅(1995・9)

一昔前の写真を眺めていると今の上海と随分変わっているので12年前の写真を紹介します。今は亡き台湾の旧友に案内されたので、随分裏通りまで散策出来た事を思い出します。

上海

、黄浦公園

File0001 黄浦江と蘇州河の合流点に面したこの公園は1860年代にイギリス人の手で作られたものだが、公園の入口に”犬と中国人入るべからず”の立札が立てられていたとか。この立札は当時既に無かったが蘇州河に架るかってのガーデンブリッジには”外国人は入場無料”の看板がまだ残っていた。列強諸国の中国人蔑視の名残りで当然今はない。公園から対岸の東浦地区に立つテレビ塔は経済特区開発地区のシンボルだが当時まだ近代的な建物やネオンは少なかった。

2、豫園商場

File0003_2上海で唯一中国の伝統を偲ばせる名園と言われる豫園に隣接するショッピングセンターで、100以上の商店がひしめき合い一日中観光客で賑わっていた。レストランが立派になった以外現在と差ほど違わないようだ。

3、南京路

File0004 東西5kmに亘って貫く中国一の繁華街で、三越、ヤオハン等日本資本も進出していたが、中国人の年収の何倍もする世界の有名ブランドが並んでいたのが印象的だった。海外で財をなした華僑達が里帰りの土産に買うのが殆どだとか。信号が変わると銀輪隊(今はオートバイと自動車)が一斉に突進してくる光景に圧倒された。一歩裏通りに入ると煉瓦建の古い民家が立ち並び下駄牌でマージャンに興じている老人達の姿に潤いがあった

、玉仏寺

File0005 市街の北西、安達路にあり上海で最も訪れる人の多い禅宗の名刹。寺の由来は大雄宝殿奥の玉仏楼とその左手の臥仏堂に祀られる玉仏。清朝末期彗根和尚がミヤンマーから持ち帰ったもので、白玉独特の艶やかな肌、鮮やかな朱の唇、表情豊かな目元など魅力的な玉仏が安置されていた。

5、龍華寺

File0006 上海最古の寺。七層八角の美しい塔で、三国時代の247年呉の孫権の建立と伝えられている。文化大革命で破壊された部分を修復したもので境内は街の雑踏の中にありながら落ち着いた静けさに包まれていた。寺の南を走る龍華路を隔てた正面に聳えるのが龍華塔で、塔の高さは40m、木と煉瓦で造られた美しい塔だが上がることはできなかった。

杭州

1、霊隠寺

File0007 326年創建の古刹で、高さ16m中国最大の木彫り釈迦牟尼座像があり、近くの山中には300余りの魔崖仏などがあった。

2、岳王廟

File0008 南宋時代、華北を占拠した異民族の金に抗し、故地回復に戦功のあった将軍、岳飛の墓で1221年に建造された。その金が縛られ檻に入れられた鋳造は中国人らしい風刺のきいた表現で、敗者の哀れを表していた

3、西湖

File0009_25・6平方キロの広さで山水画のような夢玄的な美しさの西湖は、平湖秋月など宋時代の漢詩に詠われた景色そのままだった。中国人が理想とする湖で四季折々見るたびに美しさが違うと言う。湖面に映る月の美しさを鑑賞できる三潭印月や、沈む夕日を眺める雷峰夕照、花木と魚が多い花港観魚などが絶景とか。

香港

、市場

File0011 当時成田からの直行便がなく香港経由で中国へ入った為、一泊することになり裏通りを散策した。市場内での肉の解体風景だが、牛、豚、,鳥は勿論いろんな肉を一緒に解体しており、解体すれば何の肉か判らない。新同楽で食べたフカヒレコースは豪快だった。

2、ウインドウズ95発表会

File0012丁度マイクロソフト社のウインドウズ95のOS発表会に遭遇したが、物凄い人気で大勢の人々が押し寄せていた。

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ドイツ旅行(1998・9)

9年前に旅行したドイツの写真を紹介します。現地在住の旧友の世話になって、普段なら余り行けないような所へも行く事ができ、更にシャトー・ホテルに泊まるなど、ご機嫌な旅でした。

1、フランクフルト大聖堂

File0001_3 暗褐色のゴチック式教会で高い塔が聳え立つ、14世紀に建てられた大聖堂で、7人の選帝侯による皇帝の選挙や、後には戴冠式も行われた。内部は暗く、神秘的な雰囲気で、階段で約95mの塔を上るとマイン川を直下に全市が見渡せた。

、レーマンベルクFile0003

14世紀に建てられた歴史的建造物に囲まれた中世の面影の漂う広場でフランクフルトのシンボル。広場に面した市庁舎レーマは元々貴族の館だったもので、階段状の切り妻屋根が特徴だ。神聖ローマ帝国の皇帝の戴冠式後  の祝賀会が催された”皇帝の間”にはカール大帝以降52人  

File0004

のドイツ出身ローマ皇帝の等身大肖像画が並ぶ。丁度市庁舎へVIPを迎え入れるべく、民族衣装を着飾った人達が出迎えていた

、クロスター・エーベルバッフ修道院跡

File0005 昔、修道院では自給自足の為、自らワイン畑を持ってワインを造っていたが、その醸造所である。なだらかな丘陵地帯一面にブドウ畑が広がり、時折宮殿のような元領主の館が散見されるラインの美しい村だった。此処のワインは少し甘口だったが豊潤な味の素晴らしいワインだった

4、シュロス・フーゲンポエット(シャトーホテル)

File0006_2 デユッセルドルフから30km程離れたアスピリン発祥のバイエル本社のあるエッセンとの中間あたりに位置するルーア盆地にある元領主の館で、庭園は左右対称で手入れが行き届き、内部は美術品のような装飾に覆われ、家具調度品は手の込んだ細工が施された宮殿のようなホテルに宿泊できた。

5、ケルン大聖堂

File0008 二つの塔の高さ157m、堂宇は奥行き144m、幅86mのヨーロッパ有数のゴチック様式のドームは600年の歳月をかけて建造された。精巧な彫刻細工が美しいが、花崗岩の老朽化が進み年中修復工事をしているとのこと。丁度建築後750年を迎えるそうで内部のステンドグラスや礼拝堂の豪華さには目を見張った。ユネスコ世界遺産に登録されている

File0007

山で見かける”ケルン”とは、この大聖堂にブロックを積み重ねる事が語源で、更に香りの水”4711”なるオーデコロンを生んだ”コロン”の語源もこの地名から来たもので、今日でも重要な宗教的な儀式が執り行われる教会で、かってのケルン市長、故アデナウアー首相のミサもここで行われた。

6、聖母教会(フラウエン教会)

File0009 ミュンヘン駅を降りると高さ100mの双塔が目につく。15世紀後半に建てられた後期ゴチック様式のレンガ作りの教会で幅40m、奥行き109mもあるミュンヘン第一の大聖堂。1821年より南バイエルン教区の中心教会で、正面右側に1622年のバイエルン国王ルートヴイッヒの廟がある。丸い帽子をかぶった二つの塔はミュンヘンのシンボルでエレベータで一直線に上ると、頂上からはアルプス山脈が一望できた。

7、オクトーバ・フエスト

File0013テレージェン・ブイーゼ広場に大手ビールメーカ7社が夫々テントを張りバイエル楽団の演奏に合わせて16日間ドンチャン騒ぎを楽しむビール祭の丁度初日に遭遇した。立ち飲み禁止なので先ず席を確保しなければならないが満席で個人旅行者は中々入れない。やっとカップルや老夫婦が多い小さなテントに席を確保したが夜更けにはドランカーが寝そべっていた

8、ノイシュバインシュタイン城

File0010

悲劇の王ルートビッヒ2世がワグナーの楽劇を現実化する為に建てた城で、白鳥のような外観は東京デズニーのシンボル城である白雪姫の城はこの城を真似たもので日本人に人気があるとの事。内部は豪華な装飾で、外観は余り近づき過ぎると森が邪魔のなるので遠望が良い。

9、リンダホッフ城

File0012

ルートビッヒ2世がベルサイユ宮殿のトリアノンを模して造った小宮殿で、外観も素晴らしいが内部はロココ調の装飾でベルサイユを圧倒するほどの華やかな装飾だった

10、オベラメルガウ

File0014 トウラウスワイン近くで寧ろザルツブルグに程近い。ヘンゼルとグレーテルで有名なところで、家々の外壁に美しい絵を描いたメルヘンチックな街だった。

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