« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »

2007年12月

クリスマス・マーケット(オーストリア・ドイツ)(2001・12)

クリスマスに特別な意味を感じるヨーロッパの人達が街に溢れるクリスマスツリーを楽しみ、クリスマスグッズが街の彼方此方で売られている所謂クリスマスマーケットを見聞する旅だった。クリスマスバーゲンを狙ったヨーロッパの人たちは多かったが観光客は少なく、雪に覆われた街や村はとても美しかった

、ローデンブルク旧市街

File0002_2 10世紀頃街ができ、12世紀シュタウヘン家のコンラッド3世が東フランケン地方へ権力拡大のため城を築いてから発展した。第2次大戦で街全体の40%を焼失してしまったが、全ドイツで中世都市の姿を最も完璧に復元した街だと言われる。最も古い市街の一部であるマルクス塔

2、ケーテ・ウオルハルト

File0001_2 見事な種類と装飾のクリスマス・グッズが並んだ可愛らしいショップで大勢の買い物客でごった返していた。”煙草を吹かす木彫り人形”を買った。

、ニュールンベルグのクリスマス市

File0003_2ミュンヘンに次ぐ バイエルン州第2の都市だがイルミネーションが美しく多くのクリスマスグッズの夜店が建ち並んでいた。ホットワインを飲みながら縁日気分を楽しんだ。

4、ニュールンベルグ旧市街

File0004_2 マイン川の一支流ペグニッツ川を挟むように拡がった旧市街は分厚い市壁で囲まれていた。第2次大戦で壊滅的打撃を受けたが市民達によって忠実に再現された中世の街だった。

、カイザ・ブルク城

File0005_2 11~15世紀にかけて王侯達が住んでいた古城で、城門の中はロマネスク風のハイデン塔、ルネサンス風の内門、ホーエン・シュタウヘン家の居城などがあった。

6、オーベン・ドルフの教会

File0006_2 ”聖しこの夜”が初めて唄われた教会。1818年ザルツブルグ郊外のこの村の小さな教会でクリスマス直前にオルガンが壊れてしまった。困った神父はある学校の教師に頼み、自作の詩に曲を付けてもらいイブの夜に唄った”聖しこの夜”はその後瞬く間に世界に広まった。

File0013_2

オーベン・ドルフ教会を模した切手とスタンプ

7、ザルツブルグ市街世界遺産

File0009_2 北のローマと言われ、ゲトライデ通りの店の軒にシンボルを表した鉄細工の看板が美しかった。庶民の大半が字を読めなかった中世の名残だが夕暮れと共に店頭に灯が灯りイルミネーション輝く街はロマンチックだった。

8、ノンベルク尼僧院

File0007 8世紀に建てられたベネデイクト派の建物でホーエン・ザルツブルグ城と同じ丘の上にあり、深い雪に覆われた教会が美しかった。映画”サンド・オブ・ミュージック”の舞台にもなった。

9、クリストキンドル郵便局

File0008

シュタイヤーの隣村クリストキンドルにはクリスマス期間(12/1~1/6)にクリスマスに因んだ特別スタンプが用意され、特別の美しい切手が出されることで有名だが、ヨーロッパ各地から大勢の人たちがバスで訪れていたが切手マニアなら堪らないコレクションのようだ。

File0014

美しい切手とスタンプ。

10、ウイーン市庁舎前

File0011 ウイーンでは11/18~12/24午前中まで市庁舎前広場で大きなクリスマス市が開かれ、手作りのクリスマスの飾りや玩具、お菓子などが屋台で売られていた。

11、シェーンブル宮殿世界遺産

File0010 ウイーン市街から5km程の所にあるフランスのベルサイユ宮殿とも比較される宮殿だが、1695年ハプスブルク家のレオポルト一世が夏の離宮として建てたものを、1740年女帝マリアテレジアが居城し、建物や庭園を大幅に改造しベルサイユ宮殿に比肩する美しさと壮麗さを持つオーストリア最大の宮殿にした。

12、シュテフアン大寺院

File0012 

12世紀に建設が始まり後期ロマネスク、ゴシック、バロック様式等が入り混じった作りで、南塔は137mの高さで、寺院の塔としては世界3番目の高さだそうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モロッコ紀行(2004・12)

今回の旅行は女房がカサブランカの名前に憧れ行こうと言う事になったが、世界一大きなサハラ砂漠の玄関口でイスラムの神秘的な街の雰囲気は素晴らしかった。アトラス山脈を境に北と南では景色、文化、民族、街の活気も異なっていた。LHでフランクフルト乗換だったが7時間のロスタイムがあり、仕方なく往路はフランクフルト市内まで出かけゲーテハウスやクリスマス・マーケットで時間をつぶしたが当時€=¥140でも遣いでが無かったが今のレートは馬鹿らしくなる。カサブランカまで3時間の飛行だった。

1、メクネス

File0010 17世紀の首都でアラウイー朝のムーレイ・イスマルはフランスのヴエルサイユに負けないイスラム王都を建設しようと40kmに及ぶ城壁やモスク、マドラス(大学)、イスマイル宮殿等をを建てた。写真はエル・マンスール門の繊細なモザイク模様。

2、ヴオルビリス遺跡世界遺産

File0009 モロッコに残る最大のローマ遺跡で紀元前40年ころの遺構、凱旋門や神殿、大通りには邸宅群跡、公共浴場等もあった。

3、フエズ旧市街(メデイナ・世界遺産

File0007 世界最大の迷路で、内部は建物が塊になり、すし詰め状態で建物の塊と塊の間を細い道路が無秩序に縫った東西2・2km、南北1・2kmの巨大迷路で手押し車以外は入れない細い道なので馬とロバが唯一の運搬手段スリの多い所だ。

File0004

常に侵略が繰り返された地中海沿岸地域で外敵を寄せ付けづ、自分達だけがわかる街路を作ったもので、現地案内人なしでは元来た道に戻れないスリルのある街だった。

、タンネリー

File0008 フエズ川辺りのなめし革職人地区では羊、山羊、牛などの皮を洗ったり、手作業で染色桶で染め上げており、その臭気は異様でミントの葉で鼻を覆いながら見学したが大変だった。原皮は殆どヨーロッパ方面に輸出されるようだ。

5,サハラ砂漠

File0006 3000m級のアトラス山脈を走破し砂漠の入り口エルフードに泊まり、翌日5時起床で6人乗り4WDで真っ暗な砂漠を1時間ほど走ったが、これがイラクだったら拉致されても決しておかしくない情景だと思うと鳥肌が立った。

File0005

それからラクダに乗ってメルカーズの砂丘から日の出を見たが何と幻想的な景色だろう。帰路ベルベル人のテントでミントをご馳走になった。

、トドラ渓谷

File0001 モロッコのグランドキャニオンと呼ばれ200mの断崖絶壁が続く渓谷で、ヨーロッパのロッククライマーのメッカ。映画アラビアのロレンス”の舞台にもなった。

7、アイト・ベン・ハッドウ世界遺産

File0002 カスバ街道のワルザザード西20kmにあるモロッコ屈指の美しい村で、赤褐色の土作りの壁や砦が建ち並びカスバ(城塞)の中でも要塞化した村を”クサル”と言うが、その代表格で映画”アラビアのロレンス””ナイルの宝石””シェルタリング・スカイ””最後の誘惑”等のロケ地になったが、今は4家族しか生活していなかった

8、マラケッシュ旧市街世界遺産

File00031062年西サハラに興ったベルベル人のムラービト朝の首都として建設された街で、12世紀マラービト朝を滅ぼしたムウツヒト朝でもサハラ砂漠を横断する隊商路の北の基点として文化、経済の中心地であった。写真のミナレットはムハ・リヒド朝時代のマラケッシュのシンボル的存在で映画”知りすぎていた男”の舞台となった。

9、カサブランカ

File0012モロッコ最大の都市で、写真のハッサンモスクは1993年完成のモロッコ最大のモスクで、内部に2万人、前の広場に8万人を収容できる大きさで、高さ200mのミナレットは世界最高

File0011

ハイアット・リージェンシ・ホテルの1階ロビーにあるバー”カサブランカ”は映画”カサブランカ”でイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードが再会したバーカウンタ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年11月 | トップページ | 2008年1月 »