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2008年1月

ベトナム紀行(2006・1)

前年は鳥インフルエンザの流行で断念したが2006年は少し落ち着いたようなので強行したが、旅先では抗菌マスクをしていた(現地の人たちも防塵を兼ねて殆どの人がマスク着用)。出発日は吹雪の寒い日だったがベトナムは旧正月前で暖かく、街は正月の準備と帰省客でごった返し、オートバイの往来が激しくマスクなしでは歩けないほど凄まじい排気ガスだった。しかし観光地は人も疎らでゆっくり散策でき、案外この頃が穴場かもしれないと思った。

1、統一会堂

File0001 1995年4月30日解放軍の戦車が無血入場を果たした元大統領邸だが、上階は居住スペース、地下は秘密の軍事施設で無線機等が置かれた会議室等、戦争当時の部屋が其の侭残されていた

2、サイゴン大教会

File0002 1833~1877年に建てられたカトリック教会で、赤煉瓦造りと1900年に増築された高さ40mの二つの尖塔が特徴のフランス建築の代表的なものだがステンドグラスは戦争で破壊されてしまった。

3、中央郵便局

File0003 フランス統治時代の1886~1891年に建てられたもの、内部はドーム型をしたガラス張りの天井や正面の大きな時計がヨーロッパ鉄道駅の雰囲気を持つ建物だった。

4、ミーソン遺跡世界遺産

File0004

ホイアン市の南西30kmのジャングルの中にあり”ベトナムのアンコールワット”と称され、4~13世紀に建設されたチャンパ王国の聖地跡だがベトナム戦争中、解放軍が此処に本拠地を据えたため米軍の爆撃にあい破壊された。

5、ホイアン世界遺産

File0006 チャンパ王国の時代から阮王朝時代にかけて中国とオリエントを結ぶ海上交易の拠点として繁栄し、16~17世紀には御朱印船に乗って日本の貿易商人が訪れ、多い時には1000人以上の日本人が住んでいたノスタルデイックな雰囲気の街だった。

6、来遠橋(日本橋)

File0005 16世紀に造られた日本人街と中国人街を結ぶ橋で、橋上には船の安全を祈願する祭壇が設けられ、橋の両端を猿と犬の像が守っていた。これは橋が申年から戌年にかけて作られた為とのこと。

7、フエ世界遺産

File0008 フエ(順化)はベトナム最後の王朝阮(グエン)が1802~1945年まで13代に亘って都を置いた処で、内乱と被支配の続いたグエン朝縁の建物が点在する。写真のグエン朝王宮は中国の故宮を模して1805年着工され1822年に完成したがインドシナ戦争やベトナム戦争で殆ど焼失した。

8、トウ・ドヴイック帝廟

File0007フエ郊外にはグエン朝歴代皇帝の墓廟が点在するが、最も在位期間が長く豪奢な生活を送ったグエン朝お気に入りの別荘で、皇帝はこの蓮池で釣りをしたり、楼閣で詩を作るのが好きだった由。

9、ハノイ

File0009 政治、行政の中心地だが急速な経済発展を遂げるホーチミンの華やかさはなかった。旧正月前の街並みはバイクの排気ガスが充満した騒々しさだけが際立っていた。写真はホーチミン廟

10、文廟(孔子廟

File0010 李王朝時代の1070年に建立された孔子廟。1076年にはベトナム最古の大学が開設され官吏の養成所となった。

11、ハーロン湾世界遺産

File0011海の桂林”と称される景勝地で、かって外敵に悩まされたこの地に龍が降り立ち、敵を打ち破った際に岩が砕けたと言う伝説があり、中国との国境近くにあるこの光景はハーロン(龍が降りる意)の名に相応しい神秘的な景色だった。

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