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2008年10月

錦秋のカナダ旅行(2008・10)

カナダ東部の紅葉を見ようとナイガラを避けたメープル街道のパック旅行を探したら、何故かプリンス・エドワード島へ行くことになり、今年は”赤毛のアン”出版100周年記念に当たるらしく熟女旅行者の多いのに戸惑った旅だった。しかしカナダ大陸横断鉄道(VIA Rail Canada)にも乗り、10月中旬だったがオカ州立公園では紅葉真っ盛りだったし、ケベックでは古城風ホテル”フェアモント・シャトー・フロンテナック”に連泊しロブスターを堪能した旅だった。そんな旅の一コマを紹介します。

1、ベキース・コープの小さな漁村

File0001 ハリフアックスから東へ30分程の入江周辺に60人程が暮らす小さな漁村があった。むき出しの岩肌に聳える灯台の風景が有名らしいが、寂れた漁村風景が素晴らしかった。町中にはフインランド出身の作家ウイリアム・デ・ガースの漁村の男達を彫刻したモニュメントがあった。

2、ルーネンバーグ世界遺産

File0002 1753年に訪れたドイツ人が最初の移住者で彼らの故郷リューネブルクに因んで名付けられた。町民の殆どが最初の移住者の子孫で、入植時代のカナダ建築を最も残す街並みとして1995年に世界遺産登録された。独特の屋根窓がついたビクトリア調の邸宅や白亜の教会が美しかった。

3、グリーン・ゲイブルズ・ハウス

File0003赤毛のアン”のアボンリー村のモデルで、作者ルーシー・モード・モンゴメリーの故郷でもあるキャベンデイッシュ村にはアンやモンゴメリー縁のスポットが点在しており、何故かカナダ人に次いで日本人女性に人気のある物語で、写真はアンが暮らしていた“緑の切り妻屋根の家”を再現した

File0007

ものと切手収集家には堪らない”赤毛のアン”出版100周年記念切手。街では6~9月ミュージカルが上演され、特に今年は観光客も多かったようで、日本でも劇団四季のミュージカル公演やNHK教育番組でも松阪慶子出演の英語番組等で人気が盛り上がったようだ。

4、シャーロット・タウン

File0004 州都でもある人口2万人足らずの小さな街だが夏には50万人以上の観光客が訪れ、特に今年は多かったようだ。別名”カナダ発祥の地”とも言われ1864年9月この地で開かれた会議でカナダ連邦が発足した。街には古いビクトリア調の家々が建ち並ぶ美しい街だが、郊外に出ると素朴で自然な景色が素晴らしかった。酸化鉄質の赤い道が続く美しい景色に魅せられた写真家も多いようだ。

5、モントリオール

File0005 カナダ第二の都市で、カナダ・フランス語圏の中心でセント・ローレンス川に浮かぶ小さな島に出来た街だが、高層ビルが建ち並ぶ華やいだ雰囲気を持つ”北米のパリ”と呼ばれるフランス文化の影響を色濃く残す街で伝統とモダン・フレンチとエスニックのコントラストが魅力的な街だった。

、ローレンシャン高原

File0008 モントリオール北部にある高原地帯で、その澄んだ空気から嘗ては結核療養のための保養地としての歴史を持つリゾートエリアだが現在はスポーツ施設が充実し”カナダの軽井沢”とも呼ばれようで、特に紅葉シーズンの美しさからメープル街道のハイライトと言われるが紅葉は盛りを過ぎていた。

7、オカ州立公園

File0009 ローレンシャン高原の南に位置する自然公園だが紅葉の美しさは今が盛りだった。ケベック州で一番遅くまで紅葉観賞の出来るローレンシャン地域の一角に位置する所だが特産のリンゴから作るワイン”アップル・シードル”が有名だそうだが美味いものではなかった。

8、ハロウイン

File0010 ケルト人の1年の終わりが10月31日で、この夜は死者の霊が家族を訪ねたり精霊や魔女が出てくると信じられていた。これから身を守るために仮面を被り魔除けのたき火を焚いていた。家族の墓地にローソクをつける習慣がカボチャをくり抜いた中にローソクを立てて”ジャック・オ・ランタン”、仮装した子供たちが”トリック・オア・トリート”と各家を回りキャンデイを強請る習慣に変わったようで各村の準備の装飾が楽しかった

9、ケベック・シテイ世界遺産

File0006 1985年に北米都市として初めて世界遺産に選ばれた。1608年サミュエル・ド・シャンブランが毛皮貿易の拠点作りの為訪れ、簡素な砦を築いたのが街の始まりで石壁の内側には今回連泊した古城風のフエアモント・シャトー・フロントナック・ホテルやノートルダム大聖堂などの歴史的建造物が多数あり馬車が走る石畳の道を散歩して北米最古のショッピングエリアとして知られるプチ・シャンブラン通りにあるフレンチ・ビストロの”マリー・クラリス”で食べたロブスター、カニ、海鮮ブイヤベースは美味かった。

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香港、マカオ旅行(1993・10)

15年前14年ぶりに訪れた返還前の香港、マカオの景色を紹介します。懐かしいのはマカオがポルトガル警察の怠慢でカジノと売春収益を目論んだヤクザ社会が横行しており夜の一人歩きなど出来ない状況で、1971年初めて訪れた長閑なポルトガル風の雰囲気を感じなかったことだ。今は中国警察が厳しく管理しラスベガスを凌ぐカジノ街に変貌したそうで近々訪れたいものだ。

ネイザンロード

File0002 九龍地区の猥雑なネオンが彩る香港のイメージを代表する大通りだが九龍公園入口からペニンシュラホテル辺りまでが賑やかだ。東側はテイーンの街、西側は風俗街だったが今は若者の街で流行の発信地に変わってしまったようだ。

2、レパルスベイ(浅水湾)

File0004 11月頃まで海水浴が楽しめる白い砂浜の海岸線には東洋的な建物は見当たらない。西洋の香りの洋館やリゾートマンションが点在している。1955年ハリウッド映画”慕情”(ジェニフア・ジョンズ、ウイリアム・ホールデン)の舞台として有名な海岸。風水で建物の真ん中に大きな穴があいたザ・レパルス・ベイ(旧パレス・ベイ・ホテル)が面白い。

3、黄大仙廟

File0003 もともと中国の広州黄沙にあったものだが、そこで宗教が禁止された為香港の信者に迎えられた。香港の道教寺院の中で最も有名な”有求必応””霊験”寺として有名で多くの信者が参拝する。参拝者は長い線香に火がつくと捧げ持つようにして本堂に向かう。本堂の前はお供え物のニワトリの丸焼きなどが並んでいた。

4、ビクトリア・ピーク

File0005 香港の有名な観光スポットの一つで夜は100万ドルの夜景と言われ、ビクトリア湾には蛍のように船の明かりがゆっくり動き対岸の九龍半島と遥か向こうに新界が見えた。この頃まだピーク・タワーは出来ておらず現在の景色と随分異なる。

5、水上レストラン”ジャンボ・キングダム

File0007 深湾に浮かぶ巨大なジャンボ・キングダム(珍寶王国)とは海鮮レストラン”珍寶海鮮舫”をメインにした総合観光施設でレストラン内部は赤いじゅうたんに金の装飾品と豪華絢爛で清朝時代の衣装も用意してくれた。

6、胡文虎花園

File0006_3 1935年建築の旧名タイガーバーム・ガーデン。家庭用常備薬゛万金油”で巨万の富を築いた胡文虎氏の別荘。極彩色の彫刻や壁画が溢れた独特の雰囲気で庭は中国の故事からとった怪物、地獄、極楽などが描かれている。今は閉鎖され取り壊しの運命にあり既に一部マンションが建っているそうだ

7、聖ポール大聖堂跡(マカオ)

File0008 17世紀初頭にイエズス会が建てたものでポルトガル人のみならず長崎を追われた日本人キリシタン達も加わって20年余りの歳月をかけて建造された。当時は東洋一の壮大な美しい教会だったが1835年隣の学校の火災から飛び火し焼失した。壁面にはキリスト少年隊ザビエル隊のほか当時日本人が書いた漢字の文字なども残っていた。

8、媽閣廟

File0009 中国南部や台湾などで広く信仰されている航海の女神”阿媽”を祀ったマカオ最古の中国寺院。正門、中国式鳥居と四つのお堂から成り、一つの寺院に異なる神々を祀っている事から多様な信仰に支えられた中国文化の代表例と言われる。マカオの地名の起源(中国語でマアコッミュウ)とも言われる。

9、ホテル・リスボア

File0001_2 当時東洋最大のカジノと言われたマカオのシンボル的ホテルで黄色の客室棟と隣接のカジノ場から成り、いかにもギャンブル場といった感じだったがルーレットで少々の小遣いを頂いたで好印象だった。

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