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2009年6月

南フランスの旅(2004・6)

パリおよびその近郊は何度か訪れたが南仏は初めての旅で、特にヨーロッパ人に人気の高級リゾート地、避暑地であるコートダジュールは一度訪ねたかった。確かに美しい景色と華やいだ雰囲気の街だったがニースではスリと置き引きの多いのに驚いた。一流ホテルのフロントでチェックアウトや両替客で混んで居たが、ある日本人女性が中年アベックにスカーフを褒められ燥いでいた。男性が手にした上着を日本人女性のポーチに覆い被せた瞬間、ジッパーが開けられ財布が掏られた。女性が気付き上着を振り払うと、男が財布を落としてしまった。何食わぬ顔で上着を拾ってホテルを出て行った。周りに居た人達は何が起こったのか全く知らない。女性から事情を聞いて初めて事の次第を知ったが、映画のワンシーンを見るようなプロの手口だった。その後の朝市で財布とパスポートを掏られた女性はハンドバッグのジッパーが開けられている事を添乗員に指摘され初めて気付いたが後処理が大変だったようだ。平和ボケした日本人は良いカモになっている事を改めて知った旅だった。5年前のそんな想い出の旅の一コマを紹介します。

1、パリの夜景

File0001_2 ブルボン王朝の豪華絢爛、フランス革命の激動、ラ・ベル・エポックの華やぎ、波乱に富んだ革命後200年の流れを”漂えず沈まず”にきたパリの街角では瀟洒な宮殿、超近代的な建造物、洗練されたブテックのウインドが古さと新しさの見事なコーデイネートを見せていた。そしてネオンが灯ると下町では妖しい雰囲気が又堪らない。

ルーブル美術館世界遺産

File0002 歴代国王やナポレオンらによって集められた約30万点のコレクションを有する世界有数の美術館をオルセー美術館の窓から撮ったルーブル宮殿は1200年にセーヌの城塞として作られた建物で16世紀フランソワ1世の時代から300年以上にわたり改築、増築を重ねて完成された。

3、サント・シャペル寺院

File0003 ”聖なる鐘”と讃えられるパリ最古のステンドグラスで有名な礼拝堂。最高裁判所の中庭にあり、内陣の高さ15mの窓全てに旧約聖書を描いたステンドグラスが飾られていた。その大半は13世紀に造られたものステンドグラスの最高傑作として有名。キリストの被った茨の冠を保管するためルイ9世の命を受けて建てられたそうだ。時を越えて降り注ぐ7色の光は息をのむ眩さだった。6年前訪れた時はさほどではなかったが大勢の観光客で溢れていた。

4、オルセー美術館

File0005 元は1900年開催の万博のためにオルレアン鉄道の終着駅として建てられたイタリア人建築家カエ・オランテイ設計による駅舎だった。劇場やホテルに利用されてきたが1968年美術館としてオープン印象派を中心に1848~1914年の作品約2万点を年代順に展示しており、ドガの”踊り子”、ルノワールの”ムーラン・ド・ラ・ギャレット”、モネの”日傘をさす女”、マネの”笛を吹く少年””草上の昼食”等美術史で習った名画が並んでいた。

シュノンソー城

File0004 シエール川に浮かぶルネサンス様式の気品に満ちた城とグレイの姿はロワールで最もロマンチックと人気が高い。アンリー2世の愛人だった絶世の美女デイアンヌ・ド・ボアチェに贈られた城だが、夫の死後正妻カトリーヌ・ド・メデイッチに強引に交換させられた。以後代々女性城主に引き継がれたため”6人の貴婦人の城”とも呼ばれるそうだ。

シャンポール城世界遺産

File0008 敷地を囲む塀の長さが32km、部屋数440と言うロワール最大の城。16世紀にフランソワー1世の命で建てられたルネサンス様式の城で、白亜の男性的な外観が印象的だった。城内にはすれ違わずに昇降できる二重の螺旋の大階段があり、昇り切ると大小の尖塔や365の煙突、ロワール川を眺めるテラスに出た。

7、モン・サン・ミッシェル世界遺産

File0007 海に浮かぶ要塞のような周囲約1kmの島。8世紀に司教・聖オベールが聖ミシェルのお告げで礼拝堂を作ってから16世紀まで工事が続き、巨大な修道院がそそり建った。その間多くの巡礼者を迎え今では有数の観光地に。堤道で島に渡り王の門を潜るとメインストリートの先に”驚異中の驚異”の回廊があった。修道院の食堂を改造したレストランで名物のオムレツを食べたが美味いものでもなかった。

ローマ闘技場(アルル)

File00061世紀末に作られた円形闘技場。ローマのコロッセオを連想させる建造物で、直径は最大で136m。現在でも12000人が入場できる。2層で60のアーチが周囲を囲み25000人以上収容できたと云う。中世に城塞に改装されたが19世紀初め闘技場として再建された。今でも復活祭の9月には闘牛を行うそうだ。

ポン・デユ・ガール橋 (世界遺産

File0009ガルドン川に架かる水道橋で、古代ローマ時代紀元前19世紀頃にアウグストウス帝の腹心アグリッパの命令で架けられた3重構造の石造アーチ橋で高さ49m、長さ275m。最下層6アーチ、最上層35アーチで最上層にモルタルを用いた導水管が設置されていた。同様のローマ時代の水道橋はスペインのセコビア、トルコのイスタンブールにもあるが保存状態は一番良いようだ。

10カルカソンヌ(世界遺産

File0012”カルカソンヌを観る前に死ぬな”と云い伝えられる中世ヨーロッパ最大の城塞 シテ・ド・カルカソンヌのあるところ。市内を流れるオード川右岸に700年前の騎士道時代を彷彿とさせる巨大な城塞が聳える。5世紀に西ゴート族が壁を築いたのが始まり。12世紀以降歴代大公によって拡張され城内には9つの塔を持つコンタル城、窓の美しいサンナゼール寺院がった。

11、アヴイニヨン歴史地区世界遺産

File0010ローマ教皇庁が移転してきた14世紀にアヴイニヨンは急速に発展し、教会も支配下に考えたフランス王フイリップ4世による”教皇のバビロン捕囚”の時代となった。高さ50mの城壁に囲まれた教皇庁はまるで要塞のようだった。広大な敷地には旧宮殿と新宮殿が設けられシトー会修道院出身のベネデイクト12世の建てた北の旧宮殿は簡素を旨とするシトー派だけにシンプルだった。クレメンス6世の新宮殿はゴシック様式の影響を受け豪華だった。

12ニース

File0013コート・ダジュールの中心地で夏のリゾート地としては勿論、1月でも16~17℃の暖かさである為19世紀以来ヨーロッパ第一の避寒地、高級リゾート地として人気を集めている。豪華ホテルと並ぶ”天使の湾”の賑わいは”リビエラの女王”の名に相応しい。海岸通りには高級ブテイックが立ち並び、山の手には閑静な住宅街が広がっていた。早朝のサレヤ広場では花市が、海岸線では日光浴を楽しむトップレスの姿が・・・。

13、モナコ宮殿

File0011

 面積僅か1・95㎢の世界で2番目に小さい国だが、宮殿がある旧市街をモナコ、高層ホテルが建つ新市街をモンテカルロと呼び3万人の住民はカジノと観光の収益で無税とか?王宮は港を見下ろす丘の上にある。13世紀ジェノバ人によって造られた砦だった所に中世の貴族が城を建て、18世紀にイタリア・ルネサンス様式の豪華な宮殿が完成した。内部をイヤホンガイドで見学したがビロードの天蓋に覆われた玉座やルイ15世の間、アラベスク模様のマゼランの間など素晴らしかった。モナコ大聖堂祭壇の後ろにはグレース・ケリー王妃とレーニエ3世の墓が並んでいた。モナコ大公が宮殿に居る時は白い旗が掲げられており、丁度1ヶ月前にモンテカルロ・ラリーがあったので街は後片付けの最中だった。

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