« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »

2009年11月

アメリカ南部の旅(1997・11)

12年前ある業界の国際会議がフロリダのオーランドであり、諸外国の人達は夫婦連れで出席する人が多い為、随所に観光が挿入され午前中は学会、午後は自由時間と云った気楽な旅行だった。そんな旅の思い出の一コマを紹介します。

1、インデイアナポリス・モータ・スピード・ウエイ博物館

Img_0001 インデイ500レースでもない限り訪れる事もない所だがフライトの乗り継ぎ時間に余裕があった為見学した。様々なレーシングカーやアンテイックカー等素晴らしいコレクションだった。隣接のトラックで丁度走行テストをしていたが爆音を轟かせて一瞬走り過ぎるショットは撮れなかったがレーシング・フアンはこの爆音を生で聴くためインデイ500に集まってくるとか

2、ウオールト・デズニーワールド・マジック・キングダム

Img_0003 この時ウオルト・デズニー訪問は2回目だがスケールの大きさが凄い。4つのデズニーパーク、2つのデズニーウオータパーク、6つのゴルフコース、レースサーキッド、20以上のリゾートホテル等を内包する世界最大のアミユーズメント・リゾートで東京山手線の内側二つが入ってしまう程の敷地でマジックキングダムはその核になっている。アトラクション内容は東京、カリフオルニアのデズニーランドとほぼ同じだがオリジナル・アトラクションが10か所以上あり、東京にはないミッキーのトウーンタウン・フエアも加わっていた。丁度25周年を迎えた年で東京デズニーのモデルとなったシンデレラ城が見事に飾られていた

3、エプコット

Img_2  “実験的未来社会”の意味の頭文字を取った人気パークでヒューチャー・ワールドとワールド・ショウケースに分かれていた。ヒューチャー・ワールドでは最新のハイテクを駆使した10個のパビリオンで過去から現在、そして未来の文明の世界を乗り物に乗りながら見学する。ワールド・ショウケースは数時間で廻る世界一周旅行だ。11ケ国の代表的な建造物の中で文化、風俗を紹介するアトラクションが繰り広げられ日本館は五重塔だった。初めて訪れたので新鮮だった。写真は正面ゲートを入ると銀色にきらめく巨大なスペース・ショップ・アース館でシンボル・パビリオン。

4,デズニー・グランド・フロリデイアン・ビーチ&リゾート

Img_0004 ウオルト・デズニー・ワールド内で最も格式の高いホテルで、シンポジウム会場でもあり宿泊場所だ。赤い屋根のビクトリア調建築は気品に溢れ白を基調とした吹き抜けのロビーが素晴らしかった。パーテイでは平服とあったが諸外国の人達はタキシード姿で夫人同伴だが日本人は一人出席者が殆どだった。

5、パーム・ビーチ

Img_0011_2フオトローダデイルから北のボカラトン・ビーチ、パーム・ビーチにかけては超高級リゾート地帯だ。ビーチ沿いに高級コンドミニアムが建ち並び殆どの海岸がプライベート・ビーチだが夕陽が美しかった。地中海風で超高級な雰囲気が漂う街は世界中の直営ブランド・ショップが軒を並べ、ブランド物の新製品は全米で最初に発売されるとか?

6、キーウエスト・サザンモースト・ポイント

Img_0009 アメリカ本土の最南端を示すマーカーで夕日が見られる撮影ポイントでもある。近くに最南端の家と云うコンクハウス(キーウエスト風の家)があったが居住中で見学できなかった。陽が西に傾く頃マロリー・スクエアに集まる大道芸人のパーフオマンスを楽しみながら桟橋の先端にあるオープンエアでマルガリータを飲みながら眺めたサンセットの美しさは感動的だった。島内には4つのパブリック・ビーチがあり庶民も楽しめるようだ。

7、ヘミングウエイの家

Img_0008 ”パパ”と呼ばれ多くの人から敬愛されたアーネスト・ヘミングウエイが晩年を過ごした家で、緑に囲まれた2階建ての家の庭やベランダに彼の飼っていたネコの子孫が気持ちよさそうに寝そべっていた。ノーベル賞授賞作の”老人と海”や”海流の中の島々”等著作の7割がこの家の書斎から生み出されたと云う。1850年代に建てられたスペイン・コロニアル調の建物内部には自筆原稿や手紙類、スペインやアフリカから持ち帰った調度品が飾られていた。

8、ガーデイン・デイストリクト(ニューオリンズ)

             

Img_0007 デキシーランド・ジャズ発祥のニューオリンズと云えばフレンチ・クオータやバーボン・ストリートが有名で何度が訪れたことがあるが今回は1840~70年代に建てられたコロニアル風の木造豪邸木が美しい郊外を散策した。プランテイション農業華やかな頃に建てられた農業主の豪邸の間に大学や植物園などもある美しい街だった。

9、ニューオリンズ第四海兵師団

Img_0013 第二次大戦中の1943年に編成され、その後太平洋戦争に投入されクエゼリンの戦い、サイパンの戦い、テニアンの戦い、硫黄島の戦いに参戦した後1945年に廃止された海兵師団だが1966年に予備役部隊として再編成されニューオリンズ港に幾つかの軍艦が停泊していた。間近かに見る機会の無い我々には迫力があった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年10月 | トップページ | 2009年12月 »