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2010年1月

ハワイ旅行(1998・1)

ハワイ旅行はこの時5回目になるが、特にオアフ島では概ね日本語が通じるので国内旅行と余り変わらない感覚だ。芸能人が好んで訪れるのも理解できる。しかし夜になるとワイキキの裏通り等ではストリート・ガールが出没する等、妖しさとスリルのある街でもある。この歳ではマリンスポーツに興じる程の体力も無く、燃える夕陽を眺めながらグラスを傾ける程度の楽しみ方だった。10年前のそんな思い出を紹介します。

1、ダイヤモンドヘッド

Img_0001 火山活動で噴出した火山砕屑物が火口の周囲に積り、丘を形成した火山砕屑丘で、原住民は”マグロの額”と云う意味で”レアヒ”と呼んだが19世紀イギリスの水夫達が登った時、火口付近の方解石の結晶をダイヤモンドと間違え”ダイヤモンドヘッド”と名付けたそうだ。海抜232m、直径1・2kmのクレータを持つ山で一部はアンテナ基地として非公開になっていた。

2、ダイヤモンドヘッドの頂上

Img_0002 海に突き出るように聳える姿は100万年前の噴火で形成されたもので、ハワイのシンボルとも云える。かっては軍事上の要所だった為自由に登れなかった今は自然公園で40分程で登れる。トレイル(登山道)の入口は駐車場脇、頂上迄約1km、途中数10メートルの真っ暗なトンネルや階段があり、頂上付近はキツイ登りだが頂上からのワイキキビーチの眺めは素晴らしかった。

3、イオラニ宮殿

Img_0004_2 かってのハワイ王朝の宮殿合衆国で宮殿と名の付くのは此処だけ。1882年カラカウア王が建てたもので優美な外観だ。内部は100余りの部屋に分かれ、磨き上げられたフロアや豪華な調度品は王家の権威を感じさせるものだった。カラカウア王の住居として使用された後、王位を継承したリリウオカラニ女王が1893年発生のクデターで追われるまで使われた。

ワイキキ・ビーチの夕陽

Img_0009 ワイキキとは 東のクイーンズ・サーフ・ビーチからヒルトン・ハワイアン・ビレッジ迄の約3kmを云うがサンセットが素晴らしい。ハワイ語で”水が湧く”の意味で、元々は湿地帯で18世紀迄はハワイ王朝の保養地だった。1898年ハワイがアメリカの自治領として併合された3年後の1901年に現モアナ・サーフライダ・ウエスチン・リゾートがワイキキ初のホテルとなりカリフオルニアから白砂を運んで人工の砂浜を作りリゾート地として開発したもの。

田中オブ東京

Img_0008 肉や魚介を鮮やかな手さばきで調理するパーフオマンスが売り物の鉄板焼きレストランでステーキ、エビ、チキン等好みの焼き加減で料理してくれる。日系4世の可愛い青年が片言の日本語で話してくるのも楽しかった。私の記憶では”紅花”が草分けではなかろうかと思っているが今ではいろんな焼き肉レストランが誕生し、この店は芸能人に人気とか・・・?

ハイアット・リージェンシー・ワイキキ

Img_0010今回泊ったホテルだがワイキキの中心に一際目立つ8角形40階建てのツイン・タワーで、1~3階のアトリウム・ショップスや紅花を始め人気レストランやデイスコ等もあり充実した設備だった。ビーチから1筋入り込むがショッピング等にも便利で客室の3分の2がオーシャン・ビユーで夕陽が素晴らしかった。2005年にリニューアルしたそうなので次回が楽しみだ。

7、アリゾナ記念館

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海を望む丘陵地に住宅地が広がるパール・シテイ。日本軍の攻撃で沈んだ侭になっている戦艦アリゾナの船体を跨ぐ形で建てられた記念館。真珠湾攻撃についてのドキュメンタリー映画の後、沖合に浮かぶ記念館迄シャトルボートで向かったが施設全体がアメリカ側の正義感展示のようなものでつまらなかった。30年前訪れた時は縁戚の日系2世に案内されたので微妙な気持ちで見学していたが今回ほど違和感を感じた事はない。

8、ワイメア・ヴアレー

Img_0006 ワイメアベイの山側、ワイメア渓谷にある728万㎡と云う広大な自然公園熱帯雨林の鬱蒼とした園内には36もの植物園が点在し、様々な熱帯植物や鳥等が見られる他、古代ハワイアンの生活や伝統工芸、ゲームの実演などがあり一番奥の滝壺で古代戦士の証しだった崖の上からのダイビング等もあり時間潰しには良い所かも知れない。(現在ダイビングは無いようだ)

9、ドール・パイナップル・パビリオン

Img_0005 ワイキキの北、99号線を北上すると見渡す限りのパイナップル畑の中に赤い屋根の建物があった。内部はパイナップル栽培の歴史に関する資料とギフトショップだ。パイナップルアイスが人気でドールのロゴ入りTシャツ等もあったがジュースは無料。裏手にはパイナップルの展示用畑などもあったがつまらない所だった。

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