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2010年2月

初めてのアメリカ旅行(1974・2)

これまでアメリカへは10数回訪れたが35年前初めて訪れた感動は今も鮮明に脳裏に刻まれている。今月は最近の旅行ネタが無いので35年前を思い出しながら40日間の研修旅行のエピソードを紹介します。目的は石油掘削関連の技術習得だったが週末は徹底して観光を楽しんだ。当時の為替レートはUS$1=¥297日本からハワイ経由ヒューストンの往復エコノミーが32万円だった。外貨持ち出しは10万円以内でUS$400のT/Cを持参したが窮屈な旅行で宿泊もUS$20/泊程度のインに泊っていたが技術提携先に案内される時は紅花や一番(ステーキハウス)、ペトロリウム・クラブ等素晴らしい所も多く、又今では日本でも馴染になったがステーキのビクトリア・ハウス、アイスクリームの31(サーテイワン)等には感激した。

1、ハワイ

Img_0002 アメリカ出張の時は語学研修を兼ねてハワイ経由が慣例だったので遠縁の日系2世を訪ねフイッシュマンズ・ワーフで歓待された。ハロナ潮吹き穴、パールハーバ、パンチボール、ハワイ大学を案内されシェラトン・プリンセス・カイウラニ・ホテルに泊ったがUS$18/泊だった。このホテルは100年以上前ハワイの王女プリンセス・カイウラニが住んでいたかってのハワイ王室の領地に1955年に建てられた由緒あるホテルとか

ヒューストン

Img_0001 テキサス州のニックネーム”ローンスター”はメキシコから独立した時に付いた名で、合衆国に併合された後も独立独歩を好み他人と同じ事を嫌う気質は今も強く残っていると云われる。テキサス州最大の都市がヒューストンでスパゲテイが絡んだような高速道路が無尽に広がり、エクソンやシェブロンが本社をヒューストンに移した事もあり高さを競い合ったビルが建ち並び活気に満ちていた。

アストロドーム

Img_0003 1965年に建てられた世界初のエアコン付き巨大屋内球場で18階建てビルがスッポリ入る大きさ。MLBヒューストン・アストローズのフランチャイズとして使用していた。丁度ロデオが行われており会場で子牛の丸焼を御馳走になった。日本から来た!と云うと美味いか?と聞くのでOKと返事するとビールを付けて料金は要らぬと云う。テキサス男児の気概に感激。隣接ステージではエルビスやジャクソン5のショウも素晴らしかった。今はリライアント・アストロドームと呼ばれ1999年に役目を終え取り壊しの話も出ているとか?再度行きたいものだ。

4、スペースセンター

Img_0014ダウンタウンの南東40kmにあるNASA(アメリカ航空宇宙局)のジョンソン宇宙センターはアポロ計画 、スペースシャトル計画等NASAの主要プロジェクトの中心でその一部が公開されていた。幾つかのアトラクションがあるがナサ・トラムツアーに参加しトラムに乗って管制室、宇宙飛行士の訓練施設などを見学した。アポロの月面着陸のスペースシャトル等テレビで見た実物が目前にあるのに感激した。月面着陸時の写真を申し込んだら日本まで5枚も送ってくれた。税金で宇宙開発をしているので広報活動に丁寧なのだと知らされた。矢張りアメリカは懐が深い?

5、アラモの砦

Img_0006 ヒューストンから300kmのテキサス州サンアントニオにあるアメリカ人の魂の拠所とも云える史跡。1718年建造の教会が3mの塀で囲み要塞化され、1835年テキサスがメキシコから独立時13日間の戦いの最後の砦。レンタカーで片側6車線のフリーウエイは時折バッフアローが横切る程度で殆ど車が無い。帰路マイルとkmの感覚が鈍り100マイル(160km)で走っていたらスピード違反で停止させられた。黒人巡査で南部訛りの巻き舌でまくしたてられたが殆ど理解できない。1日泊れと云う。ヒューストンにホテルはリザーブしていると返事し、チケット制の罰金だと思い金を差し出すと猛烈に怒り出した。30分程やり取りしたが殆ど理解できなかった。相手は根負けしてOK行け!と無罪放免された。後日判った事だが簡易裁判所が休日なので罰金判定できる月曜日まで刑務所に泊り裁判を受けた後、罰金を払うらしくチケット制ではないので賄賂だと思って怒ったらしい。

6、ニューオリンズ

Img_0005_4 デキシーランドジャズ発祥地でスペイン人が住んでいたのでお洒落な建物で溢れていた。フレンチクオータ、ジャクソン広場、ストリップ劇場、黒人がトランペットを吹くジャズバー等エキサイテイングだったがラッキーな事に丁度マルデイグラ(現地ではマデイグラと云っていた)の時期だった。リオのカーニバルに負けないカーニバル(謝肉祭)でフロートと呼ぶ巨大な山車からビーズのネックレスやダブルーンと呼ぶプラスチック製コインを投げ、上手くキャッチすれば幸運が訪れると云う。興奮の連続だった。

7、デイズニーランド

Img_0007 アナハイムのデイズニーランド本家本元だ。勿論東京デイズニーも出来ていない頃なので総てが興奮だった。何をどう楽しんだら良いのか判らないのでパック・ツアーに参加した。可愛い日系4世のガイドが人気アトラクションを案内してくれる。アトラクションはどれも素晴らしく新鮮でアメリカ人の遊び心に感服した。宿泊したデズニーランド・ホテルとパークがモノレールで直結しているのも感激だった。

8、サンフランシスコ

Img_0013 街の規模は小さいが変化に富んだ景観を持ち憧れのゴールデン・ゲート・ブリッジ、ケーブルカーでの市内見物、フイッシュマンズワーフでの蟹等楽しかった。しかし想い出は早朝ジャパンセンター近くの公園を散歩していたら、日系2世の夫人が犬を散歩させていた。久しぶりに日本語で話が出来たことだ。若いのに出張で来られるのは選ばれた人なのでしょうと持ち上げてくれ、アメリカでの日本人の生活振り等話してくれた。考えずに言葉が出てくる楽しさを久しぶりに味わった。

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