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2010年3月

中国・江南地方の旅(2002・3)

中国旅行はシルクロードを含めると今回が6回目になるが10日余りの江南地方は楽しい旅だった。水郷が多く中国らしい景色を楽しめたが時期的には曇天が多く少し残念だった。8年前のそんな旅の一コマを紹介します。

1、上海(外灘)

Img_0001 バンドとは外白渡橋から黄浦江沿いを南下する中山東一路を指す租界時代の名称。かって列強が中国進出の拠点とした建物が並びヨーロッパ風の姿を今に伝えていた。上海大厦、和平飯店、上海市人民政府の建物などライトアップされた夜景が素晴らしかった。対岸の近代的ビルが建ち並ぶ東浦地区の経済特区とは対象的なノスタルジーを感じる景色だ。

2、南京(中華門)

Img_0002 南京は明建国の一時期に応天府と呼ばれ明の首都だった。北京へ遷都後も副首都として南京と呼ばれ今も市街を取り巻く煉瓦造りの城壁は圧巻だった。旧日本軍の攻撃を受けて最後までこの城壁に立て篭もり抵抗した為、殆ど崩れてしまったが中華門を始めとする城壁は其の侭残っており、城壁の上から南京市街を一望したが複雑な気持ちだった。他にも1968年完成の長江大橋(全長6700m)や孫文の墓所、中山稜も素晴らしかった。

3、揚州(痩西湖公園)

Img_0003痩西湖 の名は”細長い西湖”の意味で、大運河の改修をした煬帝が杭州の西湖を模して作ったと云われ、雨にぬれた眺めは美しく揚州一と云われる。州の周辺に建てられた建物で、かって文人達が月見を楽しんだ”月観”は素晴らしかった。丁度桃の花が満開で雨の降る湖面に映える建物が美しかった。

4、鎮江(北固山公園)

Img_0004三国時代の呉の都”で鎮江市の東北、長江の河畔に長さ100m、高さ48mの絶壁が切り立っていた。北固山は三山の中央に位置し、三国時代孫権が此処に鉄甕城を築いたと云う。山に残る甘露寺、凌雲亭、狼石、試剣石等は”三国志”で知られる劉備が孫権と同盟を結んだ史実に纏わるもの。例えば劉備が孫尚香と結婚する為、甘露山にやって来た時この北固山を”天下第一の江山”と讃えたとか?

5、無錫(太湖)

Img_0005 紀元前此処に呉国の城が築かれた。当時郊外の錫山から錫が産出され数百年に亘り”有錫”と呼ばれていたが終に掘り尽くされ無錫と呼ばれるようになった。郊外にある太湖は中国五大湖の一つで72もの島が点在し帆をはった漁船が行きかう様は旅情的だった。尾形大作の”無錫旅情”が親しまれており、改めて歌詞を読み直すと今回の旅程とピッタリだった。

6、蘇州世界遺産)(寒山寺)

Img_0006 江蘇省の南、太湖の東にある古都で浙江省の杭州と共に地上の楽園と讃えられた景勝地で、市内には水路が網の目のように走り運河沿いに軒を連ねる白壁の家や涼しげな木々が影を落とし石造りの太鼓橋の下を小舟が滑る。”東洋のベニス”と謡われた蘇州は美しい水の都だった。春秋時代の呉王が築いた都城だけに水を生かした名園が多く、流石に世界遺産だけあって見応えがあった。郊外の寒山寺は詩吟等で知られるが、その北方山塘街には虎丘、丘の上の七層の虎丘塔(中国版ピサの斜塔)等見所いっぱいだった。

7、周庄

Img_0007天井のない博物館”とも云われ900年の歴史を誇る水郷古鎮で世界遺産申請中だとか?運河を挟んで元、明、清時代の中国古来の家々が建ち並び(民家の60%が当時の家)古来の衣装を着た女船頭が船を漕いでいる風景は絵になった。同じような景色が交差しているので写真に夢中になっていたら帰路が判らなくなり焦った。

8、紹興(蘭亭)

Img_0008紹興の周辺には湖や沼が多く、家並みの間や田園地帯に大小の水路が縦横に走り、至る所に澄んだ水が流れ白壁と黒い瓦屋根が美しかった。紹興酒の歴史は春秋時代に始まり、豊かな水と良質なもち米から造られる黄酒で、娘が生まれると紹興酒を花模様の美しい壺に入れて土中に埋め、娘の嫁入り時に披露宴に出す習慣があり”百年陳酒”と呼ばれるが高価で買えなかった。街の西南には書道家の聖地と云われる蘭亭があり、此処は東晋の書家である王義之達が詩を作り”蘭亭集”に纏めた所で、亭内の墨池は義之の使った墨の色で染まってしまったとか?

9、杭州(西湖)

Img_0010 美しさを特徴付けているのは西湖だ。周囲15km、広さ5・6㎡、深さ1・8m山水画のような夢幻的な美しさだった。秦の始皇帝がこの地に銭塘県と云う県を置いて以来この地方の中心で、南宋の首都となり政治、経済、文化の中心として繁栄したが元に滅ぼされると衰退した。しかし西湖は依然として美しく、湖岸と白堤、蘇堤の二本の遊歩道から見る景観が特に素晴らしかった。

10、烏鎮

ImgASEANN会議の折、小泉総裁はじめ各国要人が訪れ有名になった古都だが、この会議に合わせて道路も整備され入口も何処かのテーマパークのような飾りつけで違和感を抱いた。中国古来の木造建築が運河を挟んで建ち並んでいて映画撮影等もやっておりイベントも多いようだが路地が狭く観光客でごった返しており寧ろ周庄の方が中国らしかった。

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