« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月

ニューヨーク・ボストン旅行(2010・10)

アメリカを十数回訪れながらアメリカ発祥の地ボストンは未踏だし、世界経済を動かすニューヨークも10年前に訪れただけで2001・9・11テロの跡地も見ていない。フライトとホテルだけ確保し、後は気の向く侭の旅をした。幸いホテルはニューヨ-クはヒルトン、ボストンはシェラトンといずれも立地が良かったので地下鉄と徒歩で気侭に移動出来た。生憎ニューヨークでは国連総会とぶつかってしまい、マンハッタンのミッドタウン東側は各国要人の泊まるホテルが多く手荷物検査等厳しく、道路は一方通行や進入禁止が目立ちタクシーは大きく迂回しなければならない。GEビルのトップ・オブ・ザロック等高層ビルの展望階は治安上の理由から上れない。ロック・フエラー・センターの”プロメテウスの像”の前等プレスのテント村になって居り入れない等気楽に散策できなかった。しかしボストンでは”ユニオン・オイスター・ハウス”のクラムチャウダーやロブスターニューヨークでは”マイケル・ジョーダン・ステーキハウス”でニューヨーク・ステーキを堪能したが結局”寿司田”で食った海鮮丼が一番美味かった。我乍ら日本人を実感した。そんな旅行の一コマを紹介します。

ボストン

1、ボストン・コモン

Img_0001 全米で最も古い公園でボストン市内の各地へのアクセスに便利なポイント。1634年に設置された当初は牛の放牧地や練兵場として使われていたが、その後市民の集会や演説など市民共有の場として使われた為”コモン”と呼ばれるようだ。この公園をスタートに全長5kmのフリーダム・トレイル”自由の道”を歩道に描かれた赤レンガに沿って歩くとアメリカの独立を目指して英国政府の圧政と戦った愛国者達の記念像や史跡を巡る事ができる。初の奴隷制度反対の演説を行ったパーク・ストリート教会、独立戦争の英雄が眠るグラナリー墓地、独立宣言が読み上げられた旧州議 事堂・・・等アメリカ独立の歴史的な建造物と出会った。

2,ピーコン・ヒル

Img_0003 ボストン・コモンを見渡す丘の上に広がる19世紀の富裕層が優雅に暮らした街でマウント・バーノン通りは美しいレンガ建ての家々が建ち並び石畳の続く坂道に街灯のガス灯が似合うエレガントな街だった。ヨーロッパの雰囲気が漂う高級住宅街で精巧な細工の窓枠や手摺等当時の上流社会の暮らし振りが伺える街だ。ウイロー通りを曲がったエーコン通りは玉砂利を敷き詰めた細い路地とレンガの舗道、窓辺に飾られた花々が味わい深い絵になる街だった。

3、ボストン美術館

Img_0002 アメリカ建国100周年を記念して1876年オープンの美術館で市民の寄付によって運営されているようだ。世界で初めて体系的な収集が行われたと云う日本美術の展示が素晴らしかった。仏像群が寺をイメージした空間に安置されており、仏像と対峙しながら瞑想にふける事もできる。又葛飾北斎、尾形光琳、狩野永徳等の浮世絵コーナや“平治物語絵巻”等も充実していた。そして展示場の外側には鳥居を設えた日本庭園が見事に整備されていた。ボストンは京都と姉妹都市であるから展示に特別な配慮がされているのだろうか?

4、トリニテイ教会

Img_0004 11世紀フランスのロマネスク様式で1877年に建てられた。外観は荒い花崗岩と褐色の砂岩がモザイク模様になっている。内部はイエスの生涯を題材にした絵画やステンドグラスが美しく、約7200本のパイプを持つパイプ・オルガンは見事だった。正面に据えられた重厚な塔はスペインのサラマンカ大聖堂からヒントを得たとか?近代的なビル群の中に建って居り此処だけが異空間のようで、向かい側の巨大ビルに映った外観が美しかった。

5、ユニオン・オイスター・ハウス

Img_0001 1826年オープンのボストン最古のレストランケネデイ家が常連だったらしく指定席には故ケネデイ大統領のレリーフが飾られていた。カーター氏やレーガン氏も訪れた由緒あるレストランで、内部のインテリアも創業当時の侭残されていた。1Fがオイスター・バーでフロアーの真ん中にカウンターがありオイスターの殻を剝いて居り、近海で取れた生ガキは小ぶりだが新鮮で美味そうだが残念ながらオイスター・アレルギーなのでトライ出来なかった。2Fレストランではボストン名物クラム・チャウダーロブスターが味わえる。2℔=$50のロブスターは大味だが豪快だった。

ニューヨーク

1、セントラル・パーク

Img_0005 1854年から20年余りの歳月をかけて造園された都会のオアシスで、マンハッタン島の自然を生かした園内は青々とした芝生が広がり、池の畔に生い茂った木々が深い森を形成していた。早朝からジョギングや散策を楽しむ市民が多く、曲がりくねった道を歩いていたら随分遠回りをしたのも思い出だ。

2、ダコタ・アパート

Img_0002_2 シンガー・ミシンの経営者が1884年に建てたニューヨーク初の高級アパートで家政婦からベビーシッター用の部屋まであり、中庭は馬車で乗り入れられる等”お金持ち用”の設計でジョン・レノンも住んでいた。当時この辺りは未だ田舎だった事から、まるでダコタ(アメリカ西部の地名)のようだと言われた事が名前の由来とか。多くの著名人が住んだがジョン・レノンが1980年12月8日アパートの入り口で熱狂的なフアンによって射殺されて以来観光名所になったようだ。丁度向い側のセントラル・パークの一角に”イマジンの碑”があった。

3、メトロポリタン美術館

Img_0008 設立のきっかけは1866年アメリカ独立記念を祝った晩さん会で美術館設立の呼びかけがあり、1点の美術品も無い侭スタートしたようだ。土地はニューヨーク市が提供し、半官半民で運営されているが膨大なコレクションは金融資本の支配者P・モーガン、鉄鋼王デイヴイス、石油汪ロックフエラー等大富豪の寄贈によるそうで寄贈文化の凄さを感じた。

4、グッゲンハイム美術館

Img_0007 パーク沿いの5番街はミュージアム・マイルとも呼ばれる程いろんな美術館が建ち並んでいるが、一際斬新な印象を与える建物だった。カタツムリの殻のような丸い形状の建物は銅で巨万の富を築いたソロモン・R・グッゲンハイムが建てたもの。芸術に造詣の深かった氏は1920年後半モダンアートの作品を精力的に収集し、芸術や美術教育を援助する団体を設立。フランク・ロイド・ライトに美術館の設計を依頼して1959年に完成したもの。近代から現代にかけての作品を多数収蔵していた。

5、グランド・ゼロ(ワールド・トレーダ・センター跡地)

Img_0010 2001年9月11日同時多発テロによって倒壊したワールド・トレード・センター跡地だが大きなビルが1棟建設中の他は未だ手付かず状態だった。写真はワールド・フイナンシャル・センターから撮った。バッテリー・パーク・シテイと呼ばれるこの地に再開発の一環として建てた複合ビルだが事件当時はドーム状アトリウム等随分破壊されたが完全に修復されていた。

6、ニューヨーク証券取引所

Img_0009_2 コリント式の柱と商業を象徴する彫刻が印象的な世界経済の中心地で、内部では連日鐘の音を合図に白熱した取引が行われているのだろう。以前は内部も見学できたが出入り口は厳重な警備が敷かれ内部へは入れなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »