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2011年7月

長良川の鵜飼(2011・7)

今年は卒業後,半世紀の節目の年なので気の合う同窓仲間と鵜飼見物をしながらビールを楽しむ事にした。気のおけない仲間と酒を酌み交わすのはやはり一番だ。30年程前に長良川の鵜飼い見物はしたが記憶も薄れており、久し振りの岐阜見物も楽しかった。そんな思い出の写真の一部を紹介します。

長良川の鵜飼

Img_0002 1300年の歴史を誇り織田信長や徳川家康の保護を受け賑わっていたが、明治維新以降特別な保護も無くなり鵜匠を辞める人が続出したが明治23年、宮内庁に属し鵜匠も宮内庁式部職鵜匠と云い、鵜匠道具一式も重要有形民俗文化財だそうで、流石に素晴らしいショウだった。

川原町

Img_0002 江戸時代長良川の湊町として栄えた格子戸の家並みが連なる風情のある街並みだが現在は老舗の和菓子処、水団扇の店や町屋を活用した喫茶店、土産物屋が並んでいた。丁度先日”徹子の部屋”で水団扇の店と店主が紹介されていたが、20年のブランクを経てサラリーマンだった4代目が復活させたものだそうで由緒ある品だそうだ。もう少しゆっくり見学すればよかった。

岐阜城

Img_0001鎌倉時代二階堂氏が築城したといわれる標高329mの金華山の頂上に立つ山城。斎籐道三居城の時は稲葉山城と呼ばれ織田信長が天下統一の足掛かりにした城。現在の城は昭和31年に復元されたもので天守閣からは濃尾平野が一望できた。市民の健康登山の場として親しまれているようで我々はロープウエイで上ったが市民の人達は下から登ってくるらしく沢山の人が城の前で休憩していた。それにしても昔の侍は毎日の登城が大変だっただろう。

岐阜市歴史博物館

Img_0003_2岐阜市を中心とした歴史と文化の博物館で、再現された戦国時代の楽市場等素晴らしかった。丁度”江”が初(常高院)に宛てた手紙(岐阜市内の栄昌院に伝えられたもの)が公開されていたが読めない。

岐阜大仏

Img_0006 黄檗宗金鳳山正法寺に安置されている周囲1・8mの大銀杏を真柱として、骨格は木竹で組み、外部は竹材で編み、粘土を塗り一切経、阿弥陀経、法華経、観音経等を貼り、その上に漆を施し金箔を置いた日本一の乾漆仏で標高13・7mと日本三大仏と云われる。京都宇治黄檗山万福寺の末寺。

岐阜グランドホテル

Img_0001今回泊まったホテルだが、名鉄系で長良川河畔の長良川温泉の中核を担う12階建て客室148のホテル。1964年開業で1987年に改築したようだが部屋は結構新しかった。鵜飼を目の前で堪能できるロケーション窓から眺める金華山と頂上に聳える岐阜城は素晴らしかった。

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