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トルコ旅行(2012・6)

12年振り2回目の訪問になるが今回はトルコ航空のビジネスクラスでゆっくり楽しむ事にした。多くの遺跡群を歩くので足腰の鍛錬をし、体調も整えた為か意外とリラックスした旅だった。そんな旅の一コマを紹介します。

アクロポリス(ベルガマ)
Img_0001 ヘレニズム時代からベルガモン王国の首都として栄華を極め、エジプトのアレキサンドリアに匹敵する学芸の中心地ベルガマの丘の上にある古代遺跡。急な斜面に都市としての機能が整って居り、収容人員15000人、客席82列の劇場跡はギリシャ本土にもこれ程急斜面を持つ劇場は見当たらないと云う迫力ある遺跡だった。
エフエソス都市遺跡(エフエソス)
Img_0002 小アジア最大の古代都市遺跡群。ギリシャ時代、小アジア最大の都市国家として君臨したエフエソスには野外劇場、図書館、アゴラ、浴場の他,公衆トイレ跡などもあったが最も当時に近い形で復元されたセルシウス図書館は素晴らしかった。花や女性像の彫刻が細部に施され、当時アレキサンドリア、ベルガマと並ぶ世界3大図書館の一つといわれるそうだ。
パムッカレ世界遺産
Img_0009 パムッカレとは”綿の城”の意味で、かって綿の産地であった事に由来するようだ。トルコ有数の温泉地で、段々に連なる真っ白な石灰棚に溜まった温泉水の池が刻々と変化する空の色を映す奇観だ。12年前に比し温泉水は少なかったがロープが張られていなかったのが好感。
メプラーナ博物館・霊廟(コンヤ)
Img_0003 コンヤは11~13世紀セルジューク・トルコ帝国の都として隆盛を極めた古都。かって東方から科学者、芸術家、建築家が集められ数々の神学校やモスクが建築された遺跡が残る。またイスラム神秘主義教団”メプラーナ教”発祥の地でもある。施舞教団として有名なメプラーナの始祖が祀られて居り現在は博物館。青緑のタイルで飾られた霊廟が目を引き、街の至る所で手を広げて踊っている独特の衣装の人形が並んでいた。
ライトアップされた奇岩世界遺産・カッパドキア)
Img_0008カッパドキアとは 首都アンカラを中心とする中央アナトリア地方の名称で、南北50kmに及び小さな村が点在している。太古の昔、火山の噴火によって堆積した溶岩や火山灰が長い年月の間に浸食され出来た奇岩群で、今回泊まった洞窟ホテル近くの奇岩がライトアップされていた。
ギョレメ野外博物館世界遺産・カッパドキア)
Img_0004

古代ローマ時代、この辺りにキリスト教徒が岩を掘って住み始め、岩の中に数多くの洞窟教会を造って信仰を守り続けたギョレメの谷には約30の教会があり、11世紀に建てられたにしては保存状態も良く内部のフレスコ画が見事だった。
ゼルヴエ野外博物館世界遺産・カッパドキア)
Img_0006 奇観のキノコ岩が連なる地域。古くからキリスト教の修道士たちが住み、ぶどうの教会(ウズムル・ギリセ)など初期キリスト教時代の教会も見られた。1950年代まで人が住んでいたが現在は廃村。
アタチュルク廟(アンカラ)
Img_0011_2 トルコ共和国創立者ムスタフア・ケマル・アタチュルクが眠る霊廟。広場の左側にある大きな霊廟に棺が納められ丁度衛兵交代の儀式が行われていた。回廊は博物館になって居りアタチュルクの銅像や直筆の書、各国要人の贈り物等が展示されていた。
アヤ・ソフイア世界遺産・イスタンプール)
Img_0014ローマ帝国時代にキリスト教の聖堂として建立されたが、オスマン帝国が征服した後はイスラム教のモスクとなった。偶像崇拝を禁止するイスラムの教えに背くことからモザイク画の数々が500年もの間漆喰で塗りつぶされていた。トルコ共和国時代になって大修復をし昔の姿をほぼ取り戻し”キリストを抱いた聖母マリア”を始めビザンチン帝国の栄華をしのばせる博物館として公開されていた。
スルタン・アフメット・ジャーミイ(ブルーモスク)(イスタンブール)
Img_0015 トルコ帝国が栄華を誇った17世紀初めにアフメット1世によって建てられたイスラム寺院巨大なドームの周囲に建つ6本のミナレット(尖塔)が印象的だった。ドーム内部はイズニックと云う街で造られた青い花柄のタイルがびっしりと飾られ、その美しさからブルーモスクと呼ばれるが世界で唯一6本のミナレットを持つ外観も素晴らしかった。
トプカプ宮殿(イスタンブール)
Img_0013 15世紀にイスタンブールを征服したメフメット2世が建設し、スルタン(オスマン帝国の皇帝)が増築しながら約400年にわたって居城とした。広大な敷地は4つの庭園エリアに分かれ、それを取り囲む建物が博物館になって居り、86カラットのダイヤモンド等が飾られていた。写真はタイル装飾が美しかった”ハーレム”の入り口。
地下宮殿(イスタンブール)
Img_0012 イスタンプールには戦争時、水に困らないように建設された貯水槽が数多くある。中でも巨大なのがビザンチン時代に造られたイエレバタン・サライ地下貯水池は最も壮大で地下宮殿と呼ばれる。水道橋から引いた水を此処に蓄え、トプカプ宮殿に供給したと云う。メデユーサの顔が彫られたもの等装飾の施された柱が336本建ち並ぶ景色は素晴らしかった。映画”007ロシアより愛をこめて”でアクションシーンの撮影に使われた
ドルマバフチエ宮殿(イスタンブール)
Img_0016 ボスポラス海峡沿いにあるオスマン帝国最後の宮殿。1859年にスルタン・アブドウル・メジトがトプカプ宮殿に代わる近代的な宮殿建設を命じ、オスマン帝国末期のスルタンの居城とされた。トルコ共和国初代大統領アタチュルクは執務中此処で亡くなり、今も宮殿内の時計の一部は彼の死亡時刻の9時5分で止められていた。流石にオスマントルコ絶頂期の宮殿だけあってベルサイユ宮殿に勝るとも劣らない豪華な内装だった。
トルコ陶器
Img_0018トルコ陶器ではイズニック・タイルが知られ、かっては多くのモスクの壁を色鮮やかに飾ったが18世紀以降オスマン朝が衰退するとタイルの生産も徐々に衰退し ていった。その伝統技術を復活させトルコ独特の鮮やかな色彩感覚で色付けされた陶器が素晴らしかった。そして細かい幾何学模様を描く女性が美しかった。
ドンドウルマ(トルコ・アイス)
Img_0017トルコの氷菓。トルコ語で“凍らせたもの”の意味で、一般的なアイスクリームに似ているが粘りがあり砂糖、羊乳、サーレップ(ラン科の植物)等を原料とする。繰り返し空気を含ませながら伸ばすと餅のような粘りが出る。店員が客にドンドウルマを渡す時、わざとひっくり返したり、受け取らせなかったり・・・と云ったフエイントをかけるパフオーマンスが楽しい。そんなに美味いものでもなかった 。

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コメント

お変わりなく幅広くご活動されておられますね。
興味深く拝見しております。

暫くです。ご覧頂きありがとうございます。

投稿: 磯のすー | 2012年6月17日 (日) 12時33分

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