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2012年9月

竹生島巡り(2012・9)

琵琶湖及びその周辺は数え切れないほど行きながら何故か竹生島は初めてだ暑気払いを兼ねて長浜で1泊し竹生島、長浜旧市街を散策してきました。

竹生島

Img_0003 古来信仰の対象とされた島で、神の棲む島ともいわれ、南部には都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝巌寺(西国三十番札所)がある。全島が針葉樹で覆われ琵琶湖八景の一つで寺社関係者や土産物店従業員は島外から通っているので無人島。長浜市から6kmに位置し琵琶湖上で沖ノ島に次ぐ大きさだが下船後正面に立ち裸る165段の石段が大変だった。

宝巌寺

Img_0004 亀元年(724)行基により創建。弁財天像を彫刻し本尊とし、翌年観音堂を建立し千手観音像を安置。以来天皇の行幸が続き伝教大師、弘法大師も来島、修業したとか?豊臣秀吉との関係も強く、多くの書状、宝物が寄贈され、慶長7年(1602)には太閤の遺命により秀頼が豊国廟より桃山時代の代表的遺構である観音堂や唐門を移築した。

観音堂

Img_0005 観音堂入り口にある唐門は秀吉を祀った京都東山の豊国廟の極楽門(元は大阪城の極楽橋の出入口)を移築したもので国宝。その奥にある観音堂は堂内の柱や鴨居等至る所に紙の御札が貼られていた。納札と呼ばれ観音巡礼の参拝奉納の印だとか。西国33箇所霊場の30番札所。観音堂を先に進むと秀吉の御座舟日本丸を利用して作られたという舟廊下(重文)。その先に伏見城の日暮御殿を移築したという都久夫須痲神社本殿(重文)があった。いずれも素晴らしい建造物で、これを見るだけでも竹生島に来た甲斐がった。

長浜城

005 秀吉が一国一城の主となった最初の拠点で彼の城下町経営の基本パターンを醸成した場所。即ち姉川の合戦と小谷城攻めで手柄をあげた秀吉は、その功績によって小谷城を与えられたが翌年には今浜(長浜)に築城し長浜城と改め7年間居城した。現在の城は昭和58年(1983)に再興されたもので市立長浜歴史博物館として開館されていた。

大通寺

Img_0002 湖北の中心道場であった総坊を前身とし慶長7年(1602)本願寺第12代教如を開基として長浜城跡に創建。慶安4年(1652)現在地に移転。伏見城の遺構とされる本堂や大広間等の建築物(重文)や含山軒庭園と嵐亭庭園の二つの名勝(国の名勝)を有す立派な寺院だった。

黒壁スクエア

Img_0001長浜市旧市街にある伝統的建造物を生かした観光スポット。黒漆喰の和風建築である黒壁1号館から30号館までの総称で、写真は黒壁ガラス館(旧国立第百三十銀行長浜支店)。

長浜曳山博物館

Img_0001_2長浜八幡宮の春の祭礼である長浜曳山祭りは秀吉が長浜に城を構えた頃、京都の石清水八幡宮の神様を長浜に招いて祭らせたのが始まりで、現在曳山は13基あり、その山車の上で子供歌舞伎が演じられるようになって更に人気が出たようだ。博物館には2基の山車が展示されていた。

長浜ロイアル・ホテル

006 今回利用したホテルだが客室366室の湖北最大ホテルで既に築25年経っていたがリニューアルされ閑散期だった為か¥5000追加で12階のロイアルスイートを利用できた。夕陽が美しい広々とした部屋でプールで泳ぐ等ゆっくり寛げた。

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