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2012年10月

アメリカ紀行(1975・10)

37年前、現年齢の丁度半分の頃、前年に続き2回目の技術研修で1ヶ月間アメリカに滞在した。週末には貪欲に彼方此方を観光したが、セピア色に変色したアルバムを眺めながら想い出を綴ってみました。

デズニーランド(アナハイム)

Img_0009 前年に続き2回目の訪問だがやはり興奮した。当時まだ東京デズニーはなかったので、アナハイムのデズニーは正に夢の国として新鮮だった。丁度パレードをしていたが片端しから写真に収めたのが懐かしい。デズニーランド・ホテルに泊まり、夜はジェントルマン・クラブで夕食をしたがレストランの豪華な雰囲気は正にアメリカだった。

ハイアット・リージェンシー・ヒューストン

Img_0007 テキサスの油田地帯で現場研修しヒューストンで泊まったホテルだ。30階吹き抜けの素晴らしいホテルで1階ホールでは夜遅くまで老若男女がダンスを楽しんでいた。これがアメリカのホテルライフなのだと羨望の眼差しで眺めていた2010年リニューアルされたようだが940室余りのビッグホテルはどのように変貌したのだろうか?

海底油田見学

Img_0005 テキサスの油田、ガス田の採掘現場を4人乗りの水上飛行機で見学したが、広大な湾に幾つもの油井が点在する景色は壮観だった。英語で多々説明してくれたがエンジン音が煩いのとヒヤリング力の貧困さで殆ど聞き取れない。湿地帯ではワニが泳いでいる傍に着陸したが豪快だった。

ホースヘッド

Img_0006 自噴圧力の失われた古い油田ではサッカーロッド・ポンプが使われ、モーターの回転力によりホースヘッドが上下して原油を汲み上げるのだが上下運動のポンプが馬の頭が上下しているように見えるので米国石油業界ではこのように呼んでいる。カリフオルニア州やテキサス州の油田地帯で、このホースヘッドが点在する景色は壮観だった

紅花レストラン

Img_0008 ロッキー青木がアメリカで繰り広げる鉄板焼きレストランだが、巧みなデモンストレーションでステーキを焼きあげ食膳の皿に投げ込むパフオーマンスは新鮮だった。日本では客に食材を投げ込むのに躊躇していた時代 、初体験だったが素晴らしい想い出だ。

ラスベガス

Img_0004 ヒューストンからロスへ移動の週末立ち寄ったが、空港で電話予約したのが写真のランドマーク・タワーホテルだ。当時まだザ・ストリップでは大型ホテルを建設中でダウンタウンが中心だった。初めてのラスベガスはエキサイテイングだった。カジノはマカオで体験したがスケールが違う。老婦人が1$硬貨(メタルではなく通貨)スロット・マシンで大当たりをしパニック状態でキャーキャー云っているだけ。辺りに散乱した硬貨を警備員が箱を持ってきて拾っていたがこれがガジノの醍醐味なのだろう。

グランドキャニオン

Img_0003 この時初めての訪問だったが、地球上にこんな所があるのかと思う程のスケールに圧倒されるだけだった。日帰りツアーだったが6人乗りの小型機だったので風が吹けば岩壁に吸い寄せられるようで、何んとも心もとない。エアーポケットに入れば急降下でのスリリングな飛行だった。この時期サマータイムとマウンテンタイムがあり、未だマウンテンタイムがある事を知らずに帰路の便をミスッってしまった。下手な英語で折衝しても埒が明かない。丁度運輸省の6人連れの視察グループが居り、流暢な英語で旅行者に周知していないのは航空会社に責任があるとして臨時便を飛ばしてくれたのはラッキーだった。

テイフアナー

Img_0001 サンデイゴの南15マイルにあるメキシコ側の国境の町。航空券を秘書に頼んだらテイフアナへ行くのか?と怪訝な顔つきだったことが現地へ行って分かった。貧しく治安も悪い。ロスから若者が遊びに来る所で夜は外出できない。昼間は丁度音楽祭のパレードをやっていた。

ハイアライ

Img_0002スペインの球技で敵味方の選手が手にはめたラケットで硬球を交互に壁に打って得点を競う。17世紀にパスク地方で始まった競技だが賭博だ。勝者の得点を賭けるのだが競技のルールもスペイン語のアナウンスも全くわからない。真面目な夜を過ごした。写真はハイアライ競技場。

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