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2013年1月

古都奈良巡り(2013・1)

我が家の恒例となった年末一泊旅行はクラシックホテル”奈良ホテル”旧館に泊まり、世界遺産巡りを楽しんだ。2日目は寒さと雨に祟られ散々な旅行になったが、これも思い出だ。そんな一コマを紹介します。

元興寺世界遺産

Img_0001蘇我馬子が588年に飛鳥の地に建てた我が国最古の寺院で、法興寺(飛鳥寺)を平城京に移築したものだが、屋根の一部に飛鳥・法興寺から移された瓦が用いられており、写真正面の本堂・禅堂の屋根に葺かれている数千枚の色あせた瓦が飛鳥時代のもの。年末だが結構観光客が多いのに驚いた。

頭塔

Img_0004新薬師寺の西北約700mの位置に築かれた方形七段の土塔。奈良時代の僧玄眆(~746)の頭を埋めた墓との伝説がある。土塔(どとう)が訛って頭塔(づとう)と呼ばれる。役割は五重塔と同じように仏舎利を納める仏塔と考えられる。平成3年から発掘され国の重要文化財に指定され、最近になって知られるようになった遺跡でテレビの”世界不思議発見”等で紹介されてから見学者が多くなったようだ。

奈良ホテル

021_2明治12年”関西の迎賓館”として創業した桃山御殿風檜造りの本館はマントルピースを設える等、随所にクラシックな優雅さが漂う佇まいだった。高い格天井と窓格子が素晴らしく、そこから眺める奈良公園が寒そうだった。創業当時からフランス料理を提供するメインダイニングルーム”三笠”も名画に囲まれた重厚な雰囲気だった。丁度創業100年を記念して歴史展が開催されており、皇室は勿論アインシュタインやヘレンケラーも宿泊した歴史を感じるひと時だった。

法隆寺世界遺産


Img_0005飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築で推古天皇と聖徳太子が用明天皇の遺願を継いで推古5年(607)に寺とその本尊・薬師如来を作ったのが始まりと伝わる。広さ約18万㎡、国宝・重要文化財約190件、2300余点に及ぶと云う。雨が結構激しくなり写真にならなかった。入場料¥1000は高いと思ったが大宝蔵院、東院伽藍を見ると納得した。

法輪寺

027聖徳太子の病気平癒のため御子・山背大兄王が創建した。三井寺とも呼ばれ“法林寺””法琳寺”とも書く。本尊は薬師如来坐像。法隆寺、法起寺と共に斑鳩三塔と称賛されたが1944年落雷により三重塔は焼失し現存の塔は1975年の再建であるため世界遺産”法隆寺地域の仏教建造物”に含まれなかったそうだ。立派な敷地にある本堂の仏像群は素晴らしく、後に述べる法起寺に比し何故世界遺産に漏れてしまったのだろう?

法起寺世界遺産

028斑鳩の里にある聖徳宗の寺院。古くは岡本寺、池後寺とも呼ばれた。太子の遺言により子息の山背大兄王が岡本宮を寺に改めたもの。本尊は十一面観音。聖徳太子建立7大寺の一つに数えられることもあるが寺の完成は太子が没して数10年後になる。国宝の三重塔は創建当時其の侭の姿を残しており高さ24mで薬師寺東塔を除けば日本最大の三重塔。”法隆寺地域の仏教建築物”の一部としてユネスコ世界遺産に登録されている。

薬師寺世界遺産

031680年天武天皇が持統天皇の病気平癒の為発願、創建された法相宗の大本山。創建当時は藤原京に建てられたが718年に平城遷都に伴い現在地に移転。数度の災害と1528年の兵火により当時の建造物は東塔のみで、金堂は1976年、西塔は1981年、中門は1984年、回廊は1991年に復興したもの。丁度東塔が2010年から10年間解体修理中の為入らなかった。

唐招提寺世界遺産

Img_0006奈良時代、聖武天皇の招きを受け、幾多の困難を乗り越えて来日した中国の高僧・鑑真和尚が建立井上靖の”天平の甍”で広く知られるようになった。奈良時代建立の金堂、講堂を始め多くの文化財を有す南都六宗の一つである律宗の総本山。丁度鑑真和尚象が展示の為外に出ており残念だった。

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