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2013年3月

梅花巡り(2013・3)

例年はそろそろ春の兆しも見える頃だが、今年は寒さ厳しく家に籠りがちだ。3月に入り急に暖かくなったので梅を撮りに出かけたが開花も2週間程遅れていると云う。ガイドブックにも余り載っていない京都の路地裏の梅を見つけましたので紹介します。

大阪城公園梅園

Img_0001内濠の東側約1haに寒梅、八重野梅,南高、小梅、白加賀、紅千鳥等約100種類の梅が1270本植えられており早咲きは満開だったので近隣の人達で賑わっていた。この梅林は大阪府立北野高校の卒業生が開校100周年事業として22品種、880本を大阪市に寄付したことで昭和49年3月開園された由で、大阪城の桜は有名だが、こんな素晴らしい梅園があるとは新たな発見だった。(3月7日撮影)

大阪天満宮

Img_0002現在の本殿は天保14年(1843)に再建されたもので、江戸時代の記録に残るものだけで7度の火災に遭い、中でも大阪市中を焼き尽くした享保9年(1724)の如知焼けや、大塩平八郎の乱による天保8年(1837)の大火では全焼したようだ。本殿の梅は未だ蕾程度だったが天満宮の神官、神職および氏子、崇敬者の祖霊を祀る祖霊社及び前庭の梅が見事だった。(3月7日撮影)

天神橋

Img_0003大川に架かる橋で文禄3年(1594)の架橋とされ、当初は天満宮が管理していたが寛永11年(1634)他の主要な橋と共に幕府が管理する公儀橋となったようだ。難波橋、天満橋と共に浪華三大橋と称される。明治初期迄は木橋だったが明治18年(1885)の淀川大洪水により流失し、明治21年(1888)ドイツ製の部材を使い鋼鉄のトラス橋として架け替えられた由。鉄橋の橋名飾板が丁度祖霊社庭の横に保存され、覆い被さる梅が綺麗だった。(3月7日撮影)

上賀茂神社

Img_0006_2正式名称を”賀茂別雷神社”と言い、神代の時代から信仰を集めており、下鴨神社と共に賀茂氏の氏神として祀られており、葵祭りで有名な神社。インターネット情報で二の鳥居横の梅が美しいとあったので行ったが、京都の北は未だ寒く5分咲き程度で本殿も改装中だった。(3月12日撮影)

神光院(西賀茂)

Img_00047月に行われる”きうり加侍(きうり封じ)”で有名な寺。境内にはきうり塚もあった。弘法大師がきうりに病を封じ込め、五智不動尊に病気平癒を祈願したという。西賀茂の弘法さんとして親しまれている。真言宗で建保5年(1217)の創建。本尊弘法大師像は空海42歳の時の自彫の木像と伝わり、厄除け大師として信仰を集める。丁度木像のX線撮影をしており11時まで入山できなかった。写真誌に紹介されていたので行ったが、老木で未だ3分咲き程度だった。(3月12日撮影)

華光寺(出水の毘沙門)

Img_0005上京区出水通りを歩いていると鮮やかな梅の花が目にとまった。天正11年(1582)妙顕寺の12世日堯が隠居所として開創。豊臣秀吉が伏見城に安置していた毘沙門天像を寄進し寺の守護神とした。江戸時代以降この像が開運、厄除けの神として信仰を集める。境内の梵鐘は鎌倉後期の代表作で戦時中の供出を免れた京都府の文化財。鐘の下には秀吉手植えの松”時雨松”の古株が置かれているが、これが大正時代に枯死した松で、晴れた日でも枝から雫を落とすと伝わる出水の七不思議の一つ。(3月12日撮影)

地福寺

Img_0007西陣の中心地、上京区七本松出水にある小さな寺院だが”出水の七不思議”の“日限薬師”で知られる。創建は平安時代の初期、嵯峨天皇の弘仁年間(810~23)弘法大師空海の弟子、真済僧正が洛西安井村に創立し、享保12年(1727)現在の地に移した寺とのこと。穴の空いた小石を奉納して、日を決めて祈願すると耳の聞こえないのが治ると伝わる。偶々通りがかった寺だったが、塀の外に満開の梅が溢れていた。(3月12日撮影)

祐正寺

Img_0008写真集に見事な枝垂れ梅が載っていたので本日お目当てのポイントだ。少し盛りは過ぎていたが下立売七本松東入ルにある小さな寺だ。境内は縁結びの御利益がある“妻取り地蔵尊”が祀られていることから”妻取地蔵”の通称で知られるようだ。正式には大応山慈光院祐正寺と云う浄土宗大本山百万遍知恩院の末寺で、江戸時代の慶長7年(1602)円誉雲白上人により浄土宗念仏道場として創建されたようだ。境内には弁財天、大黒天、毘沙門天、稲荷大明神等が祀られていた。この近辺は名も知らない小さな寺が点在しており結構趣があった。(3月12日撮影)

梅宮大社

Img_0009松尾橋手前にある旧称梅宮神社。約1300年前、橘氏の祖諸兄公の母縣犬養三千代が山城国綴喜郡井手寺の中に橘氏一門の氏神として祀った。その後嵯峨天皇の皇后橘嘉智子が今の地に移し梅宮祭りの起源となったようだ。延喜式の名神大社22社の中に列せられ、明治4年官幣中社となる。流石に神花が”梅”と”招福梅”の神社だけあって手入れも行き届き、神苑には梅、椿が咲き競っていた。八重桜、つつじ、杜若、花菖蒲,紫陽花と花の名所でもある。(3月12日撮影)

城南宮

平安遷都の際Img都の南に国の守護神として創建された神社。地元では方除けの神社として信仰が篤く、新築、転宅時には浄めの砂を授かりに詣る。枝垂れ梅は入母屋造りの総檜で出来た本殿西側の”春の山”庭園に拡がっており、植えられて年月は浅いとの事だが群生した枝垂れは見応えがある。(3月12日撮影)







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