« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

木曽路散策(2014・5)

連休後半、家族で久しぶりに木曽路を散策してきました。妻籠には八重桜が結構残っており、麗らかな初夏の日差しを浴びながらのハイキングは楽しかった。外人観光客が結構多く、宿場町は東京の原宿並みの賑わいだった。そんな旅の一コマを紹介します。

妻籠宿

004慶長6年(1601)徳川家康によって”宿駅”が定められ、江戸から42番目の宿場として整備された。明治以降宿場としての機能を失い衰退したが、昭和43年から始まった街並み保存事業により、江戸時代の面影が甦り、昭和51年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。当時の姿がよく残っておりフラットな地形なのでゆっくり散策できた。

ホテル木曽路

007今回利用したホテルで、南木曽で初の本格的温泉として湧き出しに成功したようだ。1500mの深所より2本の井戸から湧き出すアルカリ性の極めて良質な湯を利用し、趣向を凝らした各種露天風呂が楽しめた。乗馬、釣り、キャンプ、スパ、等も楽しめ、プライダルやコンベンションホールも備えた本格的ホテルだった。

馬篭宿

017江戸から43番目の宿場で,妻籠から約8km3時間程のハイキングコースだ。道中には吉川英治の小説”宮本武蔵”で武蔵とお通が会ったとされる男滝、女滝があり、深淵とした林道に熊よけ鐘が設置され、急峻な石畳を上る高台から妻籠と濃尾平野そして恵那山が見える。宿場は急な坂道だがよく手入れされており観光客で溢れていた。

高札場

010今で云う”官報掲示板”で、幕府が庶民に対し禁制や御法度を示したもの。お上の御威光其の侭に人々を見下ろすように高札が掲げられていたが、中々難解な文章で当時の庶民は判読出来たのだろうか?外人が盛んにシャッターを押していたが、この建造物の意味するところを理解しているのだろうか?

藤村記念館

009島崎藤村の生家である馬篭本陣跡に建てられた文学館。建築家・谷口吉郎の設計で藤村を愛する村民の手で建てられたそうだ。”嵐””夜明け前”絶筆の”東方の門”等の原稿、書簡が展示されていた。藤村の生家は江戸時代、本陣、庄屋、問屋を兼ねた旧家で、昭和4年から10年迄”中央公論”に連載された、父をモデルとした明治維新前後を描いた小説”夜明け前”が余りにも有名。

恵盛庵

016宿場の下入口200mにある民宿但馬屋に併設された食事処で手打ち蕎麦が美味かった。上但馬屋の看板もあったので旅籠機能もあるのか?駐車場の八重桜が美しかったので遠望したが、建物が分かり難く単に桜を撮りたかっただけ。

中津川宿

020_2中山道45番目の宿で、東濃最大の経済の中心地として栄えた。交通の要衝でもあり物資の集積地として木曽、三河、飛騨方面から品物が集まり宿の家数は中山道で群を抜いていたと云われる。中津川村は7つに分れ、各々の郷村には小庄屋が置かれ、それを統括する大庄屋があった。写真は旧庄屋宅(旧肥田家)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »